回送電車の女 第一部
九
時々電車が駅ホームを通過する度に未央は慌ててホームとは逆方向に剥き出しにされている乳房とパンティを隠すように窓とは反対側に向き直る。真っ暗闇を走っている夜の電車からすると通過するホームは眩いばかりの明るさだったからだ。自分が終電で新条駅へ向かっていたのだから、もう終電後で駅には人は居ない筈だと思ったが万が一誰か居て目が合ってしまってはいけないと思ったのだ。そのせいで通過する駅名は確認出来ないのだが、未央がいつも通勤で通っている路線であるのは間違いなさそうだった。
今度は両側にホームがある大きな駅を通過する。どちらを向いても恥ずかしい面を観られてしまうので、未央は思いっきり顔を伏せて(誰にも見つかりませんように)と祈りながら目を瞑ってやり過ごすのだった。その駅を通過すると電車は次第にスピードを落としてゆくようだった。未央が顔を挙げてみると、ところどころに明かりが灯っていて電車が一杯停車しているのが分かった。未央には観たことがない景色だった。
(どこなのだろう、ここは・・・。)
薄暗い中に電車がいっぱい停まっていた。内部は煌々と灯りが灯っている車両もあるが、殆どは電気が消えて庫内は真っ暗だった。やがて未央を乗せた電車はひとつの屋根のある建物の中に吸い込まれるように入っていくのだった。
睦夫は電車基地の最も奥になる夜間電車を停めておく電留線の定位置に電車を停めると運転席の窓を開いて外の様子を窺う。夜間の回送は最も遠い都心の終着駅から最終電車を運んで来る為、いつも睦夫が一番最後になる。他の回送運転士はもう殆どが回送業務を終えて帰宅しているか、夜勤の詰め事務所に戻っている筈だった。電車基地内はしいんと静まり返っていた。
改めて睦夫は女のハンドバッグを漁る。名前と職業は分かったが、携帯を調べておく必要があった。小型のスマホはすぐ出てきたが想像した通りロックが掛かっている。しかしロックの仕方が指紋認証だと気づいて思わずにやりとする。拘束した女の指から指紋を取らせるのは訳ないことだからだ。女のスマホを尻のポケットに突っ込むと、今度は自分が用意してきたバッグの方を検める。必要なものは揃っている。
(まだ俺の顔を知られてしまう訳にはゆかないからな。)
次へ 先頭へ