車内全裸吊り

回送電車の女 第二部




 二十九

 未央には電車の音と、アイマスクの下の僅かな隙間から洩れてくる光で幾つかの駅を通過して行っているのが判ったが、その明りの向こう側で何人の人が自分の方を向いてみているのかは全く分からない。見られていないことを祈るしかないのだった。男が自分のすぐ近くにまだ居るのか、何処かへ行ってしまったのかさえ未央には分からなかった。

 手錠が外されたのは幾つか目の駅を通過した直後だった。手際よく吊り革側が先に外され、その後手首から手錠が取られた。自由になった手でアイマスクを取ろうとすると男が手でそれを阻止する。未央が諦めて手を戻すとその手にコートらしきものが手渡される。アイマスクを着けたまま手探りでコートを羽織ると男から肩を押されるようにして車掌室に戻されたらしかった。
 やがて電車はゆっくりと減速を始め何処かの駅に停車する。その直前に男は車両室の扉の鍵を開けていた様子だった。電車が停まると同時に未央は外に押し出された。
 「あ、あの・・・。もう、いいですか? これ、取っても。」
 返事は無かったが未央がアイマスクを外してみると男の姿は既に消えていた。すぐ後ろで車両内の通路を運転士らしき男がさっき出てきた筈の車掌室に入っていた。未央のことを見るでもなく運転の準備をしているかと思うと、音もなく反対方向へ電車をスイッチバックさせていった。そこは電車を停留させておく引き込み線のあるどこかの駅らしかった。
 未央は脱いで来た服をしまったコインロッカーのある新条駅のほうへ戻る為に跨線橋を渡って上り線のあるホームの方へ一人急ぐのだった。

未央

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