女子アナ張込

回送電車の女 第三部




 七十

 次の日にも睦夫から電話が掛かってきてマンションに来ると言うので、まだ両親が帰らないと再び嘘を吐く。意外にも未央の嘘を信じたらしく、(今回は勘弁してやるから早く実家に帰すんだぞ)と言われて睦夫は引き下がった。
 その日は放送のない非番の日だったので、未央は睦夫のアパートまでこっそり様子を見にいくことにしたのだった。何か行動を起こしそうな予感がしたのだ。

 睦夫のアパートはしっかり覚えていたのですぐに商店街のすぐ先に見つけることが出来た。睦夫の部屋には明かりが灯っていて動き出しそうにもないので諦めて帰ろうとしたその時、睦夫の部屋の電気がふっと消えたのだった。
 少しして安普請の長屋の二階から外階段を伝って睦夫が降りてくるのが見えた。未央は後をつけることを決意する。
 睦夫が夜更けに歩いていったのは、アパートから少し離れたひと気のない夜の公園だった。


 電話が掛かって来た時、良子は勤務を終えて自分のアパートに戻ったところだった。
 「貴方、磯貝睦夫ね。言われたとおり、あの後何も捜査はしてないわ。」
 「そうだろうな。今晩はちょっと暇が出来たんでな。お前に相手をして貰おうと思ってな。」
 「相手をするですって。」
 「俺の言うことは何でも訊くって宣誓したよな。憶えてないとは言わせないぜ。」
 「わ、私にまた何かさせようと言うのね。」
 「ああ、そうだ。この間の公園、憶えているだろ。あそこにこれから来るんだ。警察官の制服で来い。それから手錠も忘れずに持ってくるんだぜ。公園に着いた頃、また電話する。」
 そこで電話が一方的に切られてしまった。良子の番号は気絶させられていた間に盗み取られていたらしいと良子は気づく。かかってきた番号を良子は磯貝睦夫と登録しておく。

 良子がその公園に着いたのはその30分後ぐらいだった。言われた通りに警察官の制服に身を包んでいる。肩から提げたショルダーバッグには男に言われた手錠も入っている。
 (また、あの公衆トイレの中かしら・・・。)
 公園の何処へ来いとも言われてなかった良子が明りの少ない公園のあちこちを見渡していた時、再び携帯が鳴った。
 「来たわよ。言われた通り・・・。」
 「公園の中央付近に一つだけ街灯があるだろう。そこの下に立つんだ。」
 受話器を耳に当てたまま、良子は街灯のほうに近づいていく。男は暗闇の何処かから良子の様子を見張っているらしかった。
 「来たわよ。街灯の下。」
 「公衆トイレとは反対側の茂みの中に明かりが灯っているのが見える筈だ。」
 良子がトイレの反対側を見ると、確かに茂みの奥にどこからか光が照らされている。
 「光があたっている樹の下へ行くんだ。」
 「わ、わかったわ。」
 その場所は街灯からは陰になっていて暗がりなのだが、何処からか光が差してきている。その照らされた部分に良子は立つ。良子自身が今度は照らされている。眩しい光はサーチライトのような懐中電灯の明かりらしかった。
 「手錠を出すんだ。」
 良子はショルダーバッグから手錠を取り出すと、光の方に翳して見せる。何処から見張っているのか分からないが男には見えている筈だった。
 「その手錠を右手に嵌めろ。」
 男は手錠で良子の自由を奪うつもりなのだと悟るが、良子には言われた通りにするしかない。
 「その手錠を照らされている樹の幹に通した後、もう片方の手首に嵌めてから明りのほうに背中を向けて手錠の様子を照らし出すんだ。もう電話は切っていい。」
 男は良子が言いつけどおり手錠を嵌めたかどうか確認してから近づいてくるつもりらしかった。電話を切ってバッグに戻すと、片方の手首に嵌めて光に当てて見せる。それから後ろ手になって樹の幹に手錠を回すと、もう片方の手首にも嵌める。これで良子は何も手出しができなくなるのだ。この間の時と一緒だった。男は入念に相手の自由を奪ってからしか近づいてこないのだ。
 言われた通りに一度くるりと向きを変えて背中の手錠の様子を光に翳す。
 (さあ、もう出て来るがいいわ。)

未央

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