回送電車の女 第一部
二十
(こ、これっ・・・。昨夜の私の画像だわ。)
画像は数秒で止まり、あとは何度も同じものを繰り返している。
(い、いやっ・・・。)
慌てて未央は動画の再生を停める。
(こ、これ・・・。みゆきじゃないわっ。)
送り主のURLを慌てて確認してみると、無料メールサイトで取得しているアカウントで知らないアドレスだった。しかし確かに着信の際には「みゆき」と表示されていたのだ。アドレス帳を確認してみると、本当のみゆきの他にもうひとつ表示名がみゆきになっているその知らないアドレスが登録されていた。
(わたし、こんなアドレス、登録してないわ。)
狐につままれたような気持ちでアドレス帳を眺めているとまたメールの着信がある。今度もみゆきと表示されている。おそるおそる未央はそのメールも開いてみる。
<動画は届いたようだな。これを拡散されたくなかったら今夜の11時ぴったりに神谷橋の下りホームの前から3番と書かれた柱の前で待っていろ。>
(え? か、拡散って・・・。まさか。)
にわかには信じられないことだった。しかし少しして冷静になってくると、あの時ビデオカメラのようなもので自分の様子が録られていたことを思い出してきた。
(あの映像だわ。そしてわたしをあんな目に遭わせて動画を撮ったやつが脅してきてるんだわ。じゃ、このみゆきっていう同級生を騙ってラインを入れてきたのも、みゆきって名前でアドレスを登録したのもそいつの仕業なんだわ。)
スマホは自分しか開けられないようにロックしておいた筈なのにと思った未央だったが、ロックの仕方が解除が簡単だからと友達に教えて貰った指紋認証だったことを思い出す。
(私が眠らされていた時に、勝手に私の指に当ててロックを解除したんだわ。)
それはスマホに入れてあった様々な情報も洩れて知られてしまった可能性があることを示していた。
未央は熊谷プロデューサーから言われた言葉を思い出す。
「週刊誌とかスクープ写真誌とかってやつに暫くは気をつけてて欲しいんだ。夕方の報道はウチの看板番組だからね。スキャンダルは一番不味いんだ。」
(どうしよう。流出・拡散はなんとしても阻止しなくちゃ・・・。)
未央にはそれでもその為にどんな代償を払わねばならないのか見当もつかないのだった。
神谷橋はO電鉄の各駅停車しか止まらない割と小さな駅だとは知っていた。しかし普段は急行電車でしか通過しないのでそのホームに降り立ったことはなかった。11時と言えば終電までまだ1時間近くある筈なのでひと気はある可能性があった。自分の恥ずかしい動画を撮った犯人が現れるのなら、何としてでも交渉して取り戻さなければならないと未央は硬く心に決意して出掛けていったのだった。
急行電車を途中の駅から各駅停車に乗り換えて、指定された神谷橋駅に指定された11時の10分前には着いていた。神谷橋駅は各駅停車しか停まらない駅だが、電車が待避する線路があるせいか、急行の停まる駅のように上り下り夫々の車線のホームは島型になって両側に線路がある駅だった。未央は上り線で神谷橋駅に到着したので跨線橋を渡って下り車線の中央付近から進行方向の少し前の方で待つことにした。その付近の柱に指定された3番という文字の看板が掲げられていたからだ。割と小さな寂れた駅でまだ終電まで随分時間がある割にはひと気が殆どなかった。通勤、通学では殆ど使われていない駅らしかった。
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