回送電車の女 第二部
二十七
ネット上にその噂話をアップしたのは睦夫の仕業だった。路線名や駅名などは勿論匿名にしてある。目的は未央を出来るだけ不安にさせて、自分の言うことを素直に聞かせる為だった。未央の自由を奪って夜の回送電車に乗せていたのを誰かが目撃した可能性はなくはないだろうとは思っていた。しかし、その中に現役の警察官が居たかもしれないというのは想定外だった。いまだ確たる証拠は掴んでいない様子だったが、水島と名乗る女警察官が目撃した可能性は低くはないと睦夫は感じた。それで対策を打たねばと考えたのだった。
「あ、新藤君? この間言ってた話だけど、君んとこの車両運行管理の様子って見学させて貰える? ああ、そうなんだ。この間の体験交流会のレポートをまとめなくちゃいけなくて。うちの会社の運行管理と比べてみて、違いとかについてまとめて報告するって宿題が出ててさ。君んとこでも似たようなのがあったら協力するからさ。」
睦夫は首都圏の電車運行会社の若手社員を一同に集めて交流研修会が開かれた際に知り合ったK電鉄の自分と同じくらいのキャリアで同じように正規運転手を目指している新藤と知り合ったのをきっかけに、情報を探りにK電鉄の中に入れて貰うことを頼み込んだのだった。
「へえ。やっぱり電車の鍵は結構共通なんだ。うちだけかと思ってた。」
「そりゃだって、何時どんな事故があって、急に電車を回送しなくちゃならなくなるか分からないだろ。そんな時に一つひとつ、鍵が別々で誰かが持ち出してたりしたらその電車が運行出来なくなっちゃうだろ。だから、鍵は車型ごとに全部共通なのさ。」
「じゃ、このキーボックスにある鍵は全部一緒なのかい?」
「ああ。ただ、数は最終運行が終わった後に守衛が数えているらしいけどね。昼間の運行中はいちいち数えたりは実質出来ないし、やっても意味ないだろ。」
「ふうん、なるほど。うちの会社でもきっとそうなんだな。」
本当は知っている内容なのだが、睦夫はそう言って鍵の管理が自分の会社と同じなのかを確認して訊き出したのだった。その時既に睦夫はこの親友が運行するタイプの電車の合鍵をこっそりと手に入れていたのだった。
「K電鉄も回送時は車掌は付かないんだろ?」
「ああ、もちろん。経費節減さ。営業運転でもないのにいちいち車掌なんか付けてたら、人件費の無駄遣いだからな。いざというときは運行管理センタとすぐ無線で連絡が取れるんだから。」
睦夫はK電鉄でも回送時には運転手のみで車掌は随行しないことを確認する。
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