回送電車の女 第一部
八
小林未央はキー局アナウンス室に所属する新米のアナウンサだった。学生の頃からアナウンサ志望で何とか憧れのキー局のアナウンサ試験に合格はしたものの、なかなかアナウンサとしての仕事は廻って来ず、もっぱら会議の資料配りやお茶汲み係ばかりさせられていた。
そんな未央に初めて廻ってきたレギュラー番組は深夜枠のお色気バラエティのアシスタントだった。台詞は殆どなく、メインのMCやゲストがその時々の時事話題に触れる際に、関連した補足説明用フリップなどを掲げるのが主な役目だった。それでも未央は番組出演の機会を出来るだけ多く持って、いつかはテレビキャスターの座につけるのを目指して笑顔を絶やさないようにして励んでいた。しかし収録を重ねるにつれて、自分の役割の本当の意味がだんだん解ってきた。
プロデューサーからは細かくフリップを持つ位置や持ち方などを指示されていた。その日その日に身に着ける衣装もプロデューサーの指示でスタイリストが選んでくるものを着こむのだが、スカート丈の短いものがやけに多かった。ある日、自分の出ている深夜バラエティを録画で観ていて、フリップを掲げて持つ為にミニスカートの膝元を隠すことが出来ずにパンチラしそうなぎりぎりに映っていることに気づいたのだった。未央は若い男性視聴者が、もしかしたらパンチラ姿を晒すのではないかと期待してチャンネルを変えないようにさせるための数字稼ぎの餌であることを知ったのだった。それでも、顔を覚えて貰えて貰えればいつかチャンスが巡ってくるだろうと、パンティを覗かせてしまわないことに最大限の注意を払いながら愛想笑いを振りいてはパンチラ目的の男性視聴者の餌食になっていたのだ。
有名MCやゲストにはタクシー券が配られるのだが、未央のような若い局アナの見習いのような状態ではタクシー券は回して貰えず、専ら最終電車で出勤し、放送が終わって局内で残務整理をして始発電車が動き出すのを見計らって帰宅するという毎日だった。昼と夜が完全に入れ替わった生活だったが、友人たちとは昼間どうしても会ったりするので昼間の睡眠時間は十分に取れず、最終と始発の電車ではどうしても居眠りしてしまうのが常だった。そんな姿を睦夫に観察されているなどとは思いもしない未央なのだった。
(ふうん、小林未央って言うのか。こいつ・・・。)
電車内に手錠を掛けて置去りにしてきた女から奪ってきたバッグを睦夫は回送電車の運転をしながら漁っていた。終電過ぎの路線は信号で止まらされることもなければすれ違う電車も殆どない。駅を通過する際もひと気はないのでそれほど気を遣うこともないのだった。そんな状態だから運転しながら女のバッグを漁るのはさほど難しいことではなかった。睦夫はバッグから女の持ち物である名刺ケースから一枚引き抜いて名前と職業を調べる。
(おお、こいつ・・・。Tテレの女子アナじゃないか。Tテレにこんな奴、居たかなあ・・・。)
睦夫はTテレの知っているアナウンサを思い浮かべてみるが、毎日見掛けている女の顔は観たことがなかった。
(おっ、これは番組の台本だな。ああ、ここに名前がある。なあんだ、アシスタントか。まだ駆け出しなんだな。「今夜も夜更かしにゃんにゃん」だと? ああ、深夜枠のお色気バラエティだな。)
睦夫はぱらぱらっと台本をめくって飛ばし読みしてみるが、小林未央の台詞はなさそうだった。
(お飾りのアシスタントか。どうせミニスカでパンチラまがいの格好ばかりして視聴率を稼いでるお色気担当ってやつだな。)
睦夫は「今夜も夜更かしにゃんにゃん」という番組は観たことはなかったが、似たような番組は幾つか知っていた。
(なるほど。深夜枠のアシスタントだから毎日終電で出勤して、始発で帰っていくって訳だ。)
睦夫は未央が終電と始発をいつも使っている理由を知って納得していた。
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