良子夜のトイレ

回送電車の女 第三部




 五十二

 振り返って見ると三つある個室うちの真ん中の扉に何やら紙きれが画鋲で留められている。すぐにそれを剥がしてみると裏側にカナ釘流の文字が書かれていた。
 <ぶら下がっているアイマスクを目に着けてそのうえで後ろ手に手錠を嵌めて待て。手錠を嵌めたら、その状態がはっきり判るように一周ぐるっと回ってみせろ>
 良子は男からのメールに(こちらが圧倒的有利な状況の中であれば逢ってやる)と書いてあったのを思い出す。
(圧倒的有利な状況というのは、そういう意味だったのね。)
 反撃出来ないように両手の自由と視界を奪った上でなら会ってやるというのだった。咄嗟に何処からこちらの様子を窺っているのだと気づいて更に注意深く辺りを見回すと個室の壁の上部に小型のカメラの様なものが取り付けられていることに気づく。しかもそれには小さな赤いランプが灯っていて録画までしているらしかった。
 良子は相手が予想外に用意周到なのを知って思わずひるむが、もう後には引けなかった。給水管にぶら下がっている鎖の下まで戻るとカメラに向かって一度睨みつけてからアイマスクを解いて外す。手錠の位置を確認してから自分でアイマスクを装着すると後ろ手の手探りで手錠に手を伸ばし、片方ずつ自分の手首に嵌めていく。
 ガチャリという非情な音が自分から自分が抵抗する術をなくしているのだというのを自覚させる。男の指示通り身体を一転させてカメラに向かって手首に手錠がしっかり掛かっていることを提示して見せる。

未央

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