回送電車の女 第一部
二十四
再び電車が停まった時、電車の外側からは殆ど音が聞こえてこないことに気づいた未央は只々人が居ませんようにと祈るだけだった。やがて電車内をゆっくり歩いてくる足音が聞こえる。未央ははっとして身構えるが、両手を繋がれたままで何をすることも出来ない。声を発していいのかもわからなかった。
いきなり頭からアイマスクが毟り取られると視界が戻ってきた。未央が予想した通り、窓の向こう側には薄暗いホームが広がっているだけで誰の姿もなかった。すぐ後ろに男が居るのが気配で分かる。
「も、もうこれを外してください。もう十分でしょ。さんざん裸を晒してきた筈です。」
憐れみを請うような未央の声に、男は両手を繋いでいる手錠に手を伸ばす。ガチャリと音がして手錠が外された。自由になった手で急いで裸の乳房を隠す。もう片方の手錠も外されたので、その手で今度は股間を隠しながら後ろの男の方を振り向くとそこにはサングラスをした男の姿があった。腕には未央が脱いだ服を突っ込んだ鞄が抱えられていた。
「そ、それっ・・・。返してください、私の服。」
その声に男はニヤリと唇を歪めてみせる。そして開いた鞄の口に手を突っ込むと、最後に入れたブラとショーツを引き出す。
「な、何をするの・・・?」
下着を使って辱められるような気がして未央は声を荒げる。しかし男は少しも慌てず電車の壁に付いている小窓を開けると、緊急開閉装置のコックをひねる。プシューッという音と共に自動で乗降扉が開く。
「え?」
何をしようとしているのか判らず、未央が再び声をあげると男はブラとショーツだけ抜き取った鞄を扉の外に向けて投げ捨てたのだ。
「あっ。」
未央の服を入れた鞄はホームの床を転がっていく。慌てて未央は鞄を追って扉を飛び出るが全裸であったことを思い出してホームの両側に誰か居ないか見定め、人の姿が見えないのを確認してから鞄を胸元に取り上げる。その後ろで電車の扉が閉まる音がしていた。未央は鞄を抱えて少しでも身を隠せるようにと傍にあるベンチのついた待合室に駆け込む。正面は電車の停まっている方に向けて開かれているが、少なくともホームの側面方向には壁があって視界が遮られるのだ。とにかく全裸で居る訳にはいかないと急いでスカートと上着だけを引っ張り出して上に羽織る。未央が取り敢えずの物だけ身に着けている間に扉が閉まってしまった電車が音もなく動き出した。それは奪われた下着はもう戻って来ないことを示していた。電車が走り去ってしまうのをどうすることも出来ないまま見送った未央は、駅のトイレに下着以外のものを身に着け直す為に上着の胸元を掻き寄せるようにしながら急いだのだった。
トイレから上り車線に戻った未央はやってきた電車に乗って何時もの新条駅へ向かい、その日の生放送にはかろうじて間に合うことが出来た。放送に出るのにはスタイリストからいつものようにミニスカートを含むコスチュームが渡されたが当然の事ながらそれに下着は含まれていないのでノーパン、ノーブラで出るしかなかった。少し遅刻したことを怒られるかとすごすごとプロデューサの前に出た未央は、遅刻を怒られる代わりに番組が今月で打ち切りになることを告げられたのだった。
第一部 完
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