目隠し手錠

回送電車の女 第三部




 五十三

 どこかでカメラの映像を確認していたらしく、それから暫くして誰かが入ってくる足音がする。
 「磯貝・・・睦夫さんなんでしょ。指示どおりにしたわよ。これでご満足?」
 良子は足音が聞こえてきた方に後ろ手の手首を翳してみせる。男は安心した様子で、近づいて来るのが気配で感じられた。
 「こんな事して私の自由を奪っても無駄よ。もう貴方の正体はばれているんだから。ここに呼び出したってことは、この間私を犯して警察手帳を奪った人だって証拠だもの。そして私を呼び出すのに回送電車に乗せられた女だと名乗ったっていうことは、その女性を裸にして回送電車に乗せたのも貴方だと自分で言っているようなものだわ。その女性を脅して電話を掛けさせたのでしょ?」
 一瞬の沈黙の後ですぐ傍から聞き覚えのある声がした。
 「さすがに警察官だけあって、馬鹿じゃなさそうだな。適確な推理だ。褒めてやる。」
 「やっぱり磯貝睦夫さんね。もう逃げられないわ。観念して自首することを薦めるわ。私の警察手帳も返して貰うわよ。」
 良子は突然、男から顎に手を当てられて顔を上向かされる。
 「言いたいことはそれだけか。そんな格好のさせられて随分威勢がいいじゃないか。」
 「わ、わたしを殺めて口を封じようと考えているなら無駄よ。私の推理や調べたことを全部紙に書いて残してあるの。同僚が見つけるのも時間の問題よ。もう貴方は逃げられないの。」
 「ほう、そうかい。それで俺に観念させるつもりだったのかい。それは残念だな。観念するのはお前の方なんだからな。」
 「何を言っているの。これだけ証拠が揃っているんだから、貴方はもう逃げられないのよ。」
 「それはどうかな。ここに来るのにお前にミニスカートで来いと言った意味が分かるか?」
 「分からないわ。一体、何の意味があるっていうの?」
 「ふふふ。お前が自分から進んで犯されに来たって証拠を撮る為だよ。こんな夜更けにたった一人でこんなひと気のない場所に男を挑発するような格好でやってきたんだからな。しかも自分で目隠しを着けて自分から手錠を掛けたんだ。犯してくださいって言ってるようなもんだろ。」
 「そ、それでビデオ撮影までしてるのね。そんなの、証拠にも何にもならないわ。」
 「それはどうかな。ビデオを見た人間がどう思うかで決まることだ。お前はこれから俺の命令を何でも聞かなきゃならない立場になるんだからな。」
 「何を言ってるの。私が貴方の言うことを何でも聞くなんてあり得ないじゃないの。」
 「そうかな。八王子の山の中で強姦された女の事件は知ってるだろ?」
 「やっぱりあれは貴方の仕業だったのね。女の協力者が居るっていうから怪しいとは思っていたのよ。」
 「そこまで判っているなら、あの時、あの女を騙すのに警察手帳が使われたってのも知ってる筈だよな。」
 「け、警察手帳って・・・。ま、まさかそれって・・・。」
 「そうさ。お前の奪われた警察手帳さ。お前が取られた警察手帳のせいで女が強姦されたんだ。これを警察の上層部はどう思うかな。」
 「うっ、それは・・・。」
 「あの女が騙されて車の中で尿検査をするって言われてオシッコを出しているところもビデオに録ってあるんだぜ。それを公表されたらあの女どうなるかな。それも全てお前が警察手帳を奪われたせいだとなったら困るのはお前の方じゃないのか?」
 「そ、それは・・・。」
 「漸く自分の立場が分かって来たようだな。お前は俺を逮捕するどころか、これからずっと俺の言うなりになるしかないんだってことが。」
 「そ、そんなの・・・。私はそんなことに屈しはしないわ。」
 「ふふふ。お前ひとりの責任で済むと思っているのか。八王子の人妻が首を縊くる羽目になるかもしれないんだぜ。それに裸で回送電車に乗せられた女だって、正体を公表されたら生きていけないだろうな。それも全部お前のせいなんだぜ。いいのか、それでも。」
 「うっ、ひ、卑怯だわ。そんなの・・・。」
 良子はやっと自分がかなり不利な立場に居ることを把握する。

未央

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