回送電車の女 第一部
十五
チチチチ・・・。
未央はすぐ近くで鳴いているらしい鳥の声で目を覚ました。
「うーん。何か、頭がガンガンする。あれっ、ここ何処?」
薄目を開いた未央の眼に映ったのは、薄っすらと明けていく空だった。起き上がろうとして、ずっと硬いベンチの上に寝ていたせいで背中が痛かった。それに二日酔いのように頭がくらくらするのだった。何とか身体を起こすと、自分が公園のベンチに寝ていたことに気づく。
「何処だろう、ここ? なんで私、こんな所で寝ていたんだろう・・・。」
未央には全く記憶がなかった。ふと目を落として自分の着ていたものに気づくとはっとなる。スカートの前の部分に薄っすらと沁みの痕があるのだ。
(この沁み・・・。そうだわ。)
そおっと触ってみて、もうすっかり乾ききっているのが分かる。しかし乾いていても痕は残っていた。未央にだんだん記憶が戻ってくる。自分のスカートを雑巾代わりに汚されたのだ。
(あれは・・・。そうだ、自分が洩らしたオシッコだわ。あ、じゃあ・・・。)
不安にかられ腰に手を当てる。スカートの下が妙に感触がない。おそるおそる手を入れてみると裸の尻が触れた。
(えっ? 穿いてないっ・・・。)
未央が辺りを見回すと、少し離れたところに自分のバッグが落ちているのが分かった。慌てて走り寄って拾い上げる。その時、ぽろっと自分のスマホが滑り落ちたのだった。
スマホを拾いあげて電源をいれる。時計の表示が朝の五時過ぎを示していた。
(そうだ。会社に出社する途中だったんだわ。どうしよう・・・。連絡しなくちゃ。)
そう思ったが、誰に何と言えばいいのか皆目見当もつかなかった。
(落ち着くのよ。まずは落ち着いて何が起きたのか考えてみよう。)
しかし、何が起きたのか、頭の中が混乱して整理がつかない。何かとても嫌な記憶が残っているような気がして思い出すのも怖くなった。
(とにかく、駅を探そう・・・。)
見たことのない街を勘だけを頼りに歩き出す未央だった。
「それじゃ、終電車で乗り過ごして生放送をすっぽかしたって言うのか?」
「あ、はい。申し訳ありません。気づいた時には会社とは反対方向にもうずっと来ちゃってまして・・・。車掌に揺り起こされて、私・・・。もうどうしたらいいかパニックになっちゃって・・・。」
「そ、それが・・・。気づいたらスマホも忘れてきちゃってまして・・・。仕方なく家に戻ろうとしたんですが、始発まで電車もなくて・・・。」
「ったく、もう。深夜の生放送なんだから、急に替えも利かないんだぞ。」
「あ、あの・・・。プロデューサー。わたし、クビなんでしょうか?」
「まあ、そういうこともあるかもな。とりあえず今日の本番は大丈夫なんだろうな?」
「は、はいっ。絶対にいきます。何がなんでもいきますので何とかクビだけは・・・。」
「じゃ、今晩は早めにスタジオに入るんだぞ。」
「あ、ありがとうございます、プロデューサー。」
小林未央からの電話を苦虫を嚙み潰したような顔で切ったプロデューサーの飯島は大きく舌打ちを打つ。それでなくても番組の視聴率はこのところ低迷している。それが昨夜アシスタントの未央が欠席と放送した途端にみるみる数字が下がっていったのだった。今や未央の短いスカートのお色気シーンだけが頼りとも言えた。
(こりゃ、なんとかしないと本当に番組は打ち切りかもな。)
飯島は打開策を考えねばと思いあぐねていた。
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