回送電車の女 第一部
四
肩をゆすって起こそうかと、睦夫が少し腰を屈めたその時だった。女の首がガクンと揺れてはっとしたように女が目覚めた。
「えっ、きゃっ。誰・・・。貴方、今スカートの中、覗いてたでしょ。」
女は目覚めて目の前に男が身を屈めて立っているのに気づいて、慌てて膝と膝をくっつける。
「い、いや・・・。あの・・・。寝過ごしてしまうんではないかと思って、起こそうかと・・・。」
覗きたいという思いが無かった訳ではないことが睦夫に却って返事をしどろもどろにさせてしまう。
「嘘吐きなさいよ。腰、屈めてたじゃないの。私が眠りこけていると思って・・・。」
「いや、違うんです。違うんですってば。」
その時、電車がガクンと揺れてスピードを落とし始めた。
「次は東小田山~。東小田山~っ。」
車内アナウンスが女が降りる筈の駅名を告げていた。
「はっ、降りなくっちゃ。」
女は荷物を胸に掻き寄せるように抱き抱えると、睦夫の方をきつと睨んだまま後ろずさりに乗降扉のほうへ近づいていく。
「あ、あの・・・。」
プシューっという圧縮空気が洩れる音がして扉が開くと、女は一目散に逃げるように電車を走り出たのだった。
(畜生・・・。俺のこと、痴漢呼ばわりしやがって。本当に起こそうとしただけなのに・・・。)
睦夫はプライドを傷つけられて、慌てた気持ちが次第に怒りに変わっていくのに気づいていなかった。もはや、自分に覗いてみたいという下心があったことなど吹き飛んでいたのだった。
それ以来、毎朝、毎晩、女の様子を隣の車両から覗い続けたものの、決して睦夫は女に近寄らないように気をつけたのだった。それでも、睦夫の腹の虫は収まってはいなかった。
(いつかきっと・・・。)
睦夫は、いつしかきっと女を自分の前に跪かせて土下座で赦しを請うようにさせるんだと心に深く決心したのだった。
次へ 先頭へ