回送電車の女 第二部
二十八
それは未央にとって男からの二度目の呼出だった。そして今回もその呼出メールには前回の電車内で全裸で吊られている自分の姿が貼り付けられていて、命令に背けばどうなるかがはっきりと示されていたのだった。局内での新しい番組への起用はほぼ決定しているようだったが、ここで変なスキャンダルが持ち上がれば番組起用が全部お釈迦になってしまうのは間違いなかった。未央には目下のところ男の言うことは全て聞き入れて怪しげな画像の流出だけはしないでと頼み込むことしか出来なかった。
前回、車両内に裸で吊られている時に近づいて来る男の足音を聞きながら、その男はO電鉄の運転手か車掌なのではないかと疑ったのだったが、確証はなかった。それが今回の呼出では同じ新条駅を始発とはしているものの、全く別のK電鉄の途中駅なのだった。指定された場所は、やはり終電少し前の新条駅からは少しだけ離れた駅の下り線最後尾にあたるホームの端だった。男からの指定は目立たないスプリングコートを着て、その下は全裸で来いというものだった。それが何を意味するのかは、もう既に二度経験していることから薄々は分かってはいたが、男の命令に背くことは今の未央には出来ない事だった。
終電近くのその時間にはホームには殆ど人影は見当たらない。そんな時刻にひとりで佇んでいるほうが怪しく思われないか不安になるほどだった。しかしそのことより未央にとってはコートの下に何も身につけてないことのほうが気に掛かっていた。時間少し前になって回送電車がホームに入ってきた。急行電車の通過待ちをしてから発車するらしいことが前回の経験から予測出来たが前回とは全く別の路線の別の電車会社だった。未央の立っているすぐ近くに最後尾の車掌室があるが車掌は乗っていない。その時、後ろから近づいて来る足音に気づいた。振り向くとこの間と同じサングラスを掛けた同じ男だった。未央のすぐ近くで背中合わせに立つ。
「俺が合図したら付いてくるんだぞ。もたもたするなよ。」
それだけ言うと黙ってしまう。やがて急行電車がホームの反対側の線路を通過してゆく。その電車の音がまだ聞こえている最中に男は動きだした。
「付いて来い。」
男はひと言だけ発すると停まっている回送電車の車掌室に近づく。ポケットから鍵を取り出して車掌室の扉をさっと開くと未央に顎で来るように合図する。未央は辺りを一度だけ見回して誰も見ていないのを確認すると男に続いてさっと車掌室内に飛び込んだ。電車が発車したのはそのすぐ後だった。
「そのコートを脱いで裸になれっ。」
電車が駅の明るい場所を過ぎて暗い中を走り出してすぐに男は未央に命令する。従うしかなかった。未央が全裸になったのを確認すると客室との間の扉を開けて、未央を突き飛ばすように客室へ押し出す。
「あ、あの・・・。顔を見られると困るんです。」
「こいつを着けてれば誰だかは知られることはない。」
男が投げ捨てるように放り投げたのは前回も使ったアイマスクだった。それで本当に自分の事がばれないのか心配だったが、拾い上げて被るしか選択肢はなかった。
アイマスクをしても外から見られないように蹲っていたが、手首を掴まれて引き摺りあげられるとその手首に手錠が掛かる。前回と同じように吊り革のひとつにそれが繋がれると、もう片方の手首にも電車の外を向いて立つような格好で手錠が繋がれてしまう。
「どうしてこんな格好をしなければならないのですか?」
訊いても無駄だとは思ったが一応未央は口にしてみる。答えは予想通り返ってこなかった。
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