回送電車の女 第三部
四十九
「水島せんぱ~い。また変な事件がネット上にあがってますねえ。」
自分の席の後ろから声を掛けられた良子は、ふと回送電車の女の情報もネットに挙げられた記事からだったことを思い出す。
「ん? 変な事件って?」
「山の奥で強姦にあったって女の人の供述なんですけど、女性警察官と男性刑事を装った二人組に騙されて山へ連れ込まれて凌辱されたって証言してるらしいんです。」
「へえ。所轄は?」
「八王子署のようですね。警視庁からの直接報道じゃなくて、被害者が記者に話した情報からのようです。」
「ふうん。八王子署も警察官を騙ったっていうので報道も慎重になっているのでしょう。へたをすると警察の不祥事につながりかねないから。」
「そうですよね。被害者の女性は女性警察官を装った女が見せた警察手帳で信用してしまったって言っているようですから。」
『警察手帳』という言葉が突然、後輩の同僚から出て良子はぎくりとする。良子の警察手帳はあの日奪われたままで、まだ届けも出していないのだった。
良子の所属する生活安全課では警察手帳を掲示した上での捜査などは捜査課と違って殆どない。それでも日々の携帯は義務付けられている。更に月に一度は持ち物検査で殆ど使うことのない手錠や拳銃などと共に検査を受けるのだ。まだ検査の日まで暫くはあるが、なんとしてもそれまでに取り戻さねばならないと良子は焦っていた。
「それで何か手掛かりは他にないの?」
「ああ、それがこの女性。珍しく警察の精密検査に応じたようですよ。なんでも凌辱された際に妊娠したのではないかと心配で体内に残されていた体液のDNA鑑定もしているそうです。ただDNAが分かったところで性犯罪の常習者でもない限りそこから足が付く可能性は低いですけどね。」
(体液のDNAが鑑定されている・・・?)
良子は自分自身が襲われた際に凌辱犯が残していった精液が付着したと思われる自分の下着を再度身に着けることはせずに証拠品としてハンドバッグにハンカチに繰るんで持ち帰ったのだった。その為にその日はノーパンのまま電車に乗って家まで戻り下着を穿き替えて来なければならなかった為、直接署に出向くことが出来ずに遅刻したのだった。
「なんだって、その被害者は体液のDNA鑑定まで応じたのかしらね。」
「あ、それは検視官の判断でついでにやったようです。被害者からは警察模倣犯に尿検査をされて、そこで陽性反応があったと脅されたんだそうです。それで一応その嫌疑は晴らしておきたいからって薬物検査を申し出たんだそうです。」
「尿検査ですって? いったい、どこでそんな検査をしたのかしら。」
「それが驚くことに車の中で尿を採取されたって言うんです。そんな事、警察がすると思います?」
「まあ常識的に考えればそんな事あり得ないって思うんでしょうけど、その人、贋警察官を信用しきってたんでしょうね。車の中でオシッコを採取ねえ・・・。」
良子は女性が車内で採尿されたことより、警察手帳の掲示で信じたと言う方が気に掛かった。もう何年も前に偽造防止の為に警察手帳が写真と徽章入りのものに改変された。それからもうだいぶ時間が経って、その新しいタイプでさえ模造品が出回っているという。本物と偽物を横に並べれば誰でも違いにはすぐ気づく筈だが、そもそも警察手帳の本物を見た経験のある一般人は少ない。
(まさかね。きっと模造品が使われたのだわ・・・。)
良子は一抹の不安を拭い去ろうとするのだった。
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