回送車両

回送電車の女 第一部




 二十二

 (どうしよう・・・。でも、乗らなくちゃ。)
 乗っていいものかどうか考える時間もなかった。どこかで見ていたかのように未央がドアの中に飛び込んだ瞬間に再びドアが自動で閉まってしまう。もはや出ることも出来なくなってしまう。
 ドアの外で再び駅のアナウンスが聞こえてくる。
 <二番線に電車が通過します。黄色い線の内側に下がってください。>
 瞬間的に未央は身を隠す必要があると感じた。急行に乗っている人から見られる可能性があるからだ。回送電車の中に一人だけ乗っているのは如何にも異様に見える筈だ。それが自分であることを知られてはならないと咄嗟に判断したのだ。ドアの内側に身を屈めて急行が通り過ぎてしまうのを待った。ホームの反対側を電車が通過していく音が聞こえてきた。未央には顔を上げて急行にどれだけ乗客が乗っているか、その中で誰かこちらを窺っている者が居ないか確かめることも出来ずに蹲って隠れていることしか出来なかった。やがて通貨電車の音は遠く小さくなっていった。
 <回送電車が発車しま~す。>
 再び駅アナウンスの声がしたと思ったら、未央が乗っている電車が動き始めたのを知る。
 (ど、どうしよう・・・。動き始めちゃったわ。)
 もはや未央は電車の中にただ一人残されて駅に戻ることも出来なくなってしまったのだった。次第に離れていく神谷橋駅のホームを乗降ドアの窓から顔だけ出して窺っていると未央の携帯が再び鳴ったのだった。今度は音声着信だった。
 「も、もしもし。は、はい・・・。」
 発信人は、やはりみゆきの名前が使われている知らない相手からだった。
 「ちゃんと乗ったようだな。これから指示を出す。言われたことをすぐに実行するんだぞ。こっちは何時だって動画をネット上にアップする準備は出来ているからな。まず車両後方隅の網棚の上を見ろ。カバンがひとつ乗っている筈だ。今から着ている服を全部脱いでそのカバンの中に入れろ。靴以外、下着も全てだ。服を全部入れ終わったら鞄の中に入っているアイマスクをして待っていろ。」
 「あ、あの・・・。言うとおりにしますから、拡散は止めてください。あの、困るんです。わたし・・・。仕事上で、ネット流出みたいなスキャンダルは絶対駄目なんです。」
 「流出されたくなかったら、急いで言われた通りにするんだ。」
 そこまで男は喋ったところでガチャリと電話を切ってしまう。電車はまだ走り続けていた。
 (こんな走っている回送電車の中で裸になるなんて・・・。まだこれからも明るい駅を通過する筈だっていうのに。)

未央

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