回送電車の女 第三部
五十一
チャラン。
突然良子のスマホにラインメールの着信音がした。発信人を見ると、登録した覚えのないM・Iという頭文字だけのハンドルネームだった。
<今夜11時、こちらが圧倒的有利な状況の中であれば逢ってやる とびっきりの短いミニスカートで来ることが条件だ 場所は例の公園の公衆トイレ>
M・Iは磯貝睦夫の略だとすぐにピンときた。
(こちらが圧倒的有利な状況の中とはどういう意味だろうか。磯貝睦夫は既に不利な状況にいると認めているようにも読める。例の公園の公衆トイレとあることから、自分が凌辱を受けた場所を指しているのはほぼ間違いないと判断された。となると罪を認めたも同然ではないか。)
良子は磯貝睦夫が送ってきたライン・メールに大きな手応えを感じた。
(こちらが圧倒的有利な状況というのは、独りで丸腰で来いと言っているのだわ。勿論、今の段階では同僚などに援軍を頼む訳にはゆかないし、何らかの刑事事件の犯人と断定出来る材料が無いなかでは拳銃などの所持も許されないだろう。)
良子は今回も単独で丸腰で臨むことを決意した。
(向こうはもう面が割れているし、勤め先も分かっているのだから逃げようはないわ。それに私ももう既に犯されてしまっているのだ。今更失うものはない。多少の危険があっても何としてでも警察手帳は取り返さなければならない。その為には危険を冒してでも飛び込まなければならないのだわ。)
良子はそう考えたのだった。
わからないのは最後の「とびっきり短いミニスカートで来ること」という条件だった。どんな意図があるのか良子には計りかねていたが、以前に同僚に誘われた合コンで一度だけ穿いたことのあるミニスカートを既に思い浮かべていた。
指定された時間の5分前に公園にやってきた良子は、前回来た時のことを鮮明に思い出した。
(そうだわ。あの時、あの公衆トイレの入り口に確かに女性の顔が一瞬だけ覗いてみえたのだった。それであそこだと思ったのだわ。)
良子は女性の協力者が居る事を確信した。罠が待ち構えているかもしれないと思いながらも良子にはもう後に引けなかった。ゆっくりとひと気の無い公園に踏み込むと、まっすぐ公衆トイレに向かってゆく。
トイレの中はがらんとして誰も居ない。
(これからやってくるのかしら・・・。)
そう思いながら、事前に様子を確認しておこうと最初に女子トイレの中を、続いて男性用トイレにも入ってみる。女性用トイレは何の変哲もなかったのだが、男性トイレに入るなり壁際の中央の天井付近にある水栓タンクの給水管から鎖がぶら下がっているのに気づく。しかも鎖の最下端には銀色の手錠がぶら下がっているのだ。手錠には更に何かが括り付けられている。近づいてみるとそれはアイマスクなのだった。
次へ 先頭へ