回送電車の女 第三部
五十七
目隠しはされていても車外から聞こえてくる音で電車が駅を通過していくのはなんとなくわかる。その間、良子は生きた心地もしなかった。睦夫が言っていた三つ目の駅を通過したところで手錠がやっと外された。
「さあ、これでお前も共犯者って訳だ。もうこの件について追及は出来まい。」
「ひ、ひどいわ。そこまでしなくても・・・。」
アイマスクを取って床に蹲っている良子に睦夫がコートを投げて寄越す。
「もうあまり時間がないぞ。交替の運転手がホームで待っているかもしれんからな。車掌室の鍵は開けておいてやったから駅に着いたら顔を隠しながら一目散で逃げるんだぜ。」
慌てて投げつけられたコートを羽織ると乗り込んできた車掌室へ駆け込む良子だった。睦夫自身はどうするつもりなのかは良子には考える余裕はなかった。既に電車は減速を始めていたからだった。
駅へ到着した電車が完全に止まるのを待たずに良子はホームへ転がり出る。ホームには回送電車を次に運転する運転手が既に到着を待っていた。その電車から停止するかどうかというタイミングでコートを羽織った女性が転がり出てきたので運転士はぎょっとする。
「ちょっと、君。誰っ?」
しかしコートの女は運転士の制止を振り切って跨線橋の方へ走り去ってしまう。後を追掛ける訳にもゆかない運転士は首を傾げながら運転席へ向かうしかなかったのだった。
ちょうどその頃、緊急開閉コックを捻った睦夫が車両のほぼ中央辺りから平然とホームに降り立つ。そこには近くに駅員も居らず、ホームで待っていた乗客たちにも乗務員がただ降りてきたとしか目に映らなかったのだった。
次へ 先頭へ