回送電車の女 第二部
四十二
チチチチッ。チチチチッ。
遠くで鳥の鳴き声がしているのにふと気づく。頭がくらくらする。お尻が何となく冷たいものに触れている気がする。起き上がろうとして良子は両手の自由が利かないのに気づいた。
(え? 縛られている・・・?)
身体を回転させて、自由にならない両手で後ろ手に床を突くような形で上半身を起こす。冷たいと思った尻は直接タイルの床に触れていて、下半身には何も身に着けてないことに気づく。
股間がひりひりするように痛かった。口の中も何かねばねばするような嫌な感触がある。
何とか立ち上がって、そこが公園の公衆トイレであることに気づく。
(そうだ。通報を受けて、ここまで来たんだった・・・。)
外はやっと明るくなりかけたばかりだった。何とか立ち上がってすぐ前の洗面台の上の鏡で自分の顔を見る。口の周りに何か薄っすらと付いていて液体だったものが乾いた痕のようだった。そっとトイレの外の様子を窺うと、少し離れたところに自分が確かに昨晩穿いていた筈のスカートが落ちている。そしてそのすぐ傍に落ちている白い塊は自分のショーツに違いなかった。
自由にならない後ろ手をなんとか横にずらしてみると、縄が手首の辺りにぐるぐる巻きにしてある。それほど頑丈に縛ってあるわけではなさそうで、何とかもがけば緩んできそうだった。
それでも縄が解けてくるまでには30分近くが立っていた。その縄をなんとか自力で解き、スカートとショーツを取り戻す。ショーツにもうっすら沁みがついていた。その正体は、強姦事件を何度も扱ってきている良子には何の痕かはすぐに想像がついた。
(不覚だったわ。まさか通報者以外の者が居ただなんて・・・。)
後悔してももはや後の祭りでしかなかった。スカートを拾い上げた更に向こうに自分のショルダーバッグが落ちていた。すぐに拾い上げて中身を検める。財布は見つかったが、現金はすっかり無くなっている。カード類は足が付くと思ったのかそのままだった。
(え? どうしよう。ないわ・・・。)
良子が慌てたのはそのすぐ後だった。一番、失くしてはならないもの。警察手帳が見当たらないのだった。
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