回送電車の女 第三部
五十六
睦夫に指示された通り、送られたK電鉄のものに似せた贋の制服を着こんだ上にスプリングコートを一枚羽織る。制服の下には下着は一切着けることを許されていなかった。その出で立ちで良子が出頭するよう命じられたのはK電鉄路線の中で電留線という電車を待避させておく線路を駅構内に持つ駅のホームの端だった。駅のトイレでコートを脱いでバッグに詰めるとK電鉄の駅職員の振りをして指定の場所に立つように命じられたのだった。昼間の駅はそれほど駅職員もホームに立つものは少なく、誰にも見とがめられずにホームの指示された場所まで良子は辿り着くことが出来た。そこへ同じようなK電鉄の職員と見えるような格好の制服を着た睦夫が現れる。一般の乗客には駅の職員か乗務員にしか見えない。
そこへ待避線路から回送電車が入ってくる。睦夫と同じ準運転士の立場の新藤から詳細な回送電車の移送時間を聞きだしてあって、それに合わせて良子を呼び出したのだった。
電車が入って来ると運転士の新藤には顔を見られないようにホームの反対側を向いて待つ。電車が停止して、今度は反対方向にスイッチバックで電車を回送する為に運転席から反対側の車両の端まで新藤が電車内を移動していく。新藤が行き去ったのを確認すると睦夫は良子の腕を取ってさきほどまで新藤が運転していた運転室の扉まで近づく。合鍵で運転室の扉を開くと何食わぬ顔で良子の背中を押して中に入らせ自分も後から滑り込む。一般客には乗務員が乗り込んだようにしか見えないのだった。
やがて何も知らない新藤が電車を回送する為に走らせ始める。駅構内を電車が出たところで、良子を運転席兼車掌室から乗客室の方に突き出す。
「着ているものを全部脱ぐんだ。」
下着を着けないで来いと命令されていたので、何処かで服を脱がされるのだと覚悟していた良子だったが、真昼間の走っている空の回送電車の中とは思ってもみなかった。もう良子には反抗する気力も術もなかった。言われるがままに電車内で全裸になるとアイマスクを渡されて着けるよう指示される。
「ま、まさか・・・。」
睦夫が取った行動は良子が惧れていたとおりのことだった。アイマスクで何も見えないまま手首を取られて手錠を掛けられ何処かの吊り革に反対側を嵌められてしまう。さらにもう片方の手首にも手錠が嵌められ、大きく万歳の格好で両手を広げた形でもう片方も少し離れた吊り革に繋がれてしまうのだった。
「だ、駄目よ。真昼間なのよ。駅には人がいっぱいいるわ。きっと誰かが気づいてしまうわ。」
「それが目的なのさ。お前は通過していく駅ごとに多くの人間に目撃される晒し物になるのさ。」
「や、やめて。そんなこと・・・。もし、誰かに通報されたら・・・。」
「さあ、言い訳は今のうちに考えておくんだな。この電車はXX駅まで回送される筈なんで、途中駅は三つ通過する筈だ。運が悪けりゃ誰かに写メを撮られるかもしれないが、そうならないことを祈るんだな。じゃ、俺は暫く隠れておくからな。」
「や、やめて。置いていかないでっ・・・。」
良子の悲痛な叫びも虚しく全裸で磔にされたまま、電車は次の通過駅に向かって走り続けるのだった。
次へ 先頭へ