回送電車の女 第三部
七十四
消え入りそうな声で良子は酔っ払いにお願いするしかなかった。男はスカートを捲り上げ真っ白なショーツが露わになったところで欲情したようだった。
「パンツの中に鍵があんのか。じゃ、このパンツ、下していいんだなあ。」
良子は仕方がなく唇を噛みしめて深く頷く。
「へっへっへっ。じゃ、パンツ、脱がすぞぉっ・・・。」
男の手が良子のショーツに掛かったところで手が突然止まる。
「ちょ、ちょっと待っちくれ。あそこが・・・。あそこが大きくなっちまったんだ。ほれっ。ここがよ。」
男はそう言って股間に手をやっていたが、チャックを下して一物を取り出し始めた。
「駄目っ。駄目よ。いけないわ。そんなことしては・・・。」
「なんだよぉ。そんな嫌らしい格好見せておいて。おあずけは無しだぜっ。」
男はズボンから抜き出したペニスを良子の露わな太腿に当てようとしていた。その時だった。
「誰かあ。誰か来てえっ。痴漢です。ここに痴漢がいます。」
男の後ろから大声で叫ぶ女の声がした。その声に酔っ払いはぎょっとした風だった。慌ててペニスをズボンの中に突っ込むと四つん這いになりながら逃げ始めた。
「この人、痴漢でーす。誰か捕まえてくださーい。」
再び暗闇の中から声がするので、酔っ払いは一目散に逃げて行く。男が走り去った後で地面に落ちていた懐中電灯が拾い上げられた。その向こう側から声がした。
「ごめんなさい。もっと早く飛び出ていればよかったのよね。私も怖かったものだから。飛び出ていいかどうか、躊躇してたんです。今、鍵を外してあげますね。」
女性は良子の前にしゃがみ込んでそっとショーツを下す。
「あ、これねっ。」
陰唇から先っぽだけが見えていた手錠の鍵をそっと未央が取り出したのだった。
良子の陰唇から抜き取った鍵で手錠を外すと、ずっと苦しい格好を強いられていたせいで足元が覚束ない良子に肩を貸して公園のベンチに座らせた未央だった。
「ありがとう、助けてくれて。」
「いえ。わたしこそ、もっと早くに助けられたかもしれなかったのに・・・。」
「貴方、何時からあそこに居たの?」
「ずっとです。私、最初の方の男の後をつけてきたんです。」
「最初の方の男? 磯貝睦夫の事?」
「あ、磯貝って言うんですか。そうです。私、その磯貝っていう男に弱みを握られていて、貴方が手錠で繋がれるのもずっと見ていたんですけど、磯貝が居るうちは出ていけなかったんです。やっとあいつが居なくなったと思ったら、今度は酔っ払いが来ちゃって。また怖いから出ていけなくなっちゃって・・・。」
「でも、勇気を出して大声を挙げてくれたのね。助かったわ。」
「警察の方・・・? ですよね。」
「ええ、水島良子って言います。」
「えっ? 水島さん?」
「知ってるの、私のこと?」
「も、もしかして・・・。あの磯貝っていう奴に警察手帳を奪われたんじゃ・・・。」
「そうよ。どうしてそんな事まで知ってるの?」
「わたし・・・。実は、水島さんの警察手帳を使わされて贋警官を演じたんです。女の人を騙して。」
「え? それって、八王子で強姦されたって女の人の事?」
「そ、そうです。あの磯貝っていうのに命令されて、仕方なかったんです。」
「でも、貴方はどうして? どうして磯貝なんかの言いなりになってたりしてたの。」
「私、実はある局で深夜番組のアシスタントをやってた時にあいつに襲われて、夜の回送電車に乗せられて恥ずかしい写真をいっぱい撮られてしまったんです。それを公開するぞって脅されて、そしたらアナウンサやめなくちゃならなくなるので・・・仕方なく。」
「え、貴方も回送電車に乗せられたの。」
それから未央と良子はお互い睦夫の言いなりになるまでの出来事を告白しあうのだった。
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