良子出勤途中

回送電車の女 第二部




 二十五

 その日は水島良子には月に数回ほど廻ってくる夜間当直の日だった。いつも通り家で仮眠を取った後、夜遅くになってO電鉄上りの新条往きの電車で新条駅を目指す為、ホームで電車を待っていた。下り方向は家路を急ぐ人がまだちらほら居るが、良子が乗る駅から上り方面を目指す人はもう殆ど居ない時間帯だった。
 良子が乗る予定の新条往きがやってくる前に反対方向を下りの回送電車が通過する。特に何かを見ていた訳ではない良子の目にふと奇妙なものが映る。
 (え? 裸の女性・・・?)
 目の前を通過していく電車の中に、両手を万歳の格好に上げた全裸の女性が見えた気がしたのだ。

車内全裸磔女

 (そんな筈、ないわよね。回送電車の中だし・・・。)
 その日は自分の勘違いだと、特に気には留めずにそのまま出勤する為に上り電車に乗ったのだった。

 良子は新条北署の警察官だ。元々は刑事志望で警察官になったのだが、目下のところ生活安全課に勤務している。刑事になる夢は捨てた訳ではなく、数年に一度ある刑事課の試験だけは受けているが、もう何度か落ちている。偶々でいいから何かの事件に出くわして、それを解決する手伝いのような事をして、それを機に刑事課転属試験に受からないかなどと日頃、どこかに事件の種はないかと目配せするのを怠らない日々を送っていた。

 そんな良子がある時、同僚の男性職員たちが話している世間話がふっと耳に残ったのだ。
 「そう思うだろ。だって走ってる電車の中だぜ。それも回送電車だっていうんだから。」
 「そりゃ、もしそんなところに出喰わしたらたまげるだろうな。でも、そんなのある訳ないな。」
 「どうして? 例えばさ、アダルトビデオの撮影だったとか。電車、借り切ってさ。」
 「そんなの、鉄道会社が受けるかな。」
 「いや、案外あるかもな。でも、一般客が居ない相当朝早くとかだろうな。」
 何の話をしてるのか気になって良子は自分の席を立って男たちに加わる。
 「何の話をしてるの?」
 突然、女性職員が加わってきたところで男たちの会話は一旦止まる。男たちは互いに目を見合している。
 「あ、いや。そのう・・・。」
 「ああ、こいつがさ。ネット上でみつけた記事の話をしてたんだ。何でも最近、女性が裸で回送電車に乗ってて駅のホームを通り過ぎることがあるんだって。」
 「そういうのを目撃した男がネットにあげててね。ま、ガセネタのフェイクニュースって線も濃厚なんだけど。」
 (そ、それって・・・、私がみたのと同じじゃない。)
 そう思わず口にしそうになったが、寸でのところで言葉を引っ込めた良子だった。
 「それって、何線の何時頃の話なの?」
 「あ、いや。時間とか場所とかは書いてないんだ。そんなの書いたら人が殺到しちゃうだろうしね。わざと伏せているって説もあるくらいなんだ。」
 「ふうん、そうなの。それって犯罪の可能性はないの?」
 「犯罪ねえ・・・。今も話してたんだけど、鉄道会社も巻き込んだアダルトビデオとかのロケだった場合は微妙だね。女性が拉致されて電車に放置されるってのはちょっと考えにくいからなあ。」
 「それもそうね。でも、アダルトビデオのロケだったりしたら、公序良俗の軽犯罪ぐらいにはなりそうね。」
 「あ、なるほどね。さすがに生活安全課の水島先輩らしいや。」
 良子はそれ以上は男たちの雑談に踏み込まないことにした。もし本当に在ったことなら手柄を稼げるスクープの事件かもしれないと感じたからだ。

未央

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