回送電車の女 第三部
六十一
「もうこれ以上は無理よ。他のビルの方から見られちゃうわ。お願い、もう赦してっ。」
泣きそうになりながら頼み込む未央を見て、睦夫はスカートを放り投げてやる。それを慌てて拾い上げるとすぐに脚を通す。裸足のままでパンプスを履くしかなかった。
「おい。急いだほうがいいぜ。」
睦夫は未央の慌てぶりを愉しむかのように薄笑いを浮かべながら嘲って言う。
(言われなくたって急いでいるわ。あなたのせいじゃないの・・・。)
しかし未央には喰って掛かっている余裕はなかった。替えのストッキングを取りに行っている時間はなかった。そのままスタジオに走り込む。その後を未央から奪ったショーツとストッキングを上着のポケットにしまい込みながら睦夫が悠然と後を追うのだった。
「あ、未央ちゃん。お天気コーナー、もう始まるよ。急いでっ。」
「あ、はいっ。済みません。スタンバイしま~すぅ。」
ぎりぎりのタイミングで未央は天気図を映し出すモニタの横に立ったのだった。
「はい。カーット。CM、入りました。お疲れさん。本番終了でーすぅ。」
ディレクターが本番の終了を告げる。
「お疲れさまでしたあ。」
「あ、未央ちゃんもお疲れ様っ。今日は生足だったんだね。」
「あ、いえっ。本番直前にストッキング、引っ掛けちゃって伝線しちゃったんです。慌てて脱いだんですけど。変に映らなかったですか?」
「あ、未央ちゃん。脚、綺麗だから生足のほうが魅力的だよ。セクシーだし・・・。あ、画面の向こう側じゃそこまでは分からないけどね。」
「あ、いやだ。セクシーだなんて。恥ずかしいっ。」
「あ、そう言えばあの人、誰? ずっと端っこで見てたけど。親戚なんだってね。」
「ああ、兄です。えーっと、義理のですけど。田舎から出てきて、どうしても放送局で本番をしてるところが見てみたいって言うので・・・。」
「へえ、義理の兄ね。未央ちゃんもいろいろ複雑なんだ。」
「あ、ちょっといろいろありまして・・・。」
未央も咄嗟に言葉を合わせて誤魔化す。
ディレクターの元を離れて睦夫の方へ急いでいく。
「ねえ、もういいでしょ。早く、アレ返してっ。」
未央は辺りを見回しながら他人には聞こえないのを確認してから睦夫に下着を返してくれるように頼む。
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