妄想小説
田舎教師
九
「稲葉先生、お早うございます。今日もよろしくお願いします。」
「あら、小俣先生。今日はミニスカートじゃないのね。」
出勤してきた早苗を見るなり、隣の席の稲葉教諭が挨拶がわりにそう指摘する。
「あ、ええ。授業ではやっぱりリクルートスーツは変かなと思って。」
早苗はさりげなくスカート丈のことを指摘されたのをフォーマルスーツの事に摩り替えて返事をする。
「今日からいよいよ授業ね。生徒達に侮られないように。最初が肝心よ。」
「え、ええ・・・。あの、頑張ります。」
教務主任の前ではそう言ったものの、自信は全くなかった。ほんの数箇月前まで自分自身が学生だっただけに、いきなり教師らしくと思ってもどうしていいのか判らなかった。
出席簿と教科書、チョークケースを持つと、大きく深呼吸してから最初の授業の教室へと向かう早苗だった。
教室の前までやってくると、教室内から騒がしい生徒等の笑い声やはしゃいで騒いでる声が聞こえてくる。
「お早うございます、皆さん。」
早苗は意を決して教室の扉を開けるなり、大きな声で挨拶をする。その声に教壇前に居た数人の男子生徒が慌てて黒板消しで何やら書いてあったものを消している。
「席に着いてください。授業を始めますよ。」
早苗の声に黒板消しを投げ捨てるように置くと、黒板前から数人が後ろの席の方へ小走りに移動する。何を書いていたのだろうと訝しげに黒板を見ると、慌てて消したせいで、薄っすらと書いてあったものが消しきれないで輪郭の一部が残っている。何かの絵が描いてあったらしい。その横にうっすらと(・・・ラ先・・)とだけ書いてあったらしい消し残りの文字が見て取れる。
早苗は男子生徒が置いていった黒板消しを取り上げると、拭き残しの字をまずは消し取ることにする。早苗が生徒達に背中を向けた途端に、あちこちからクスクス笑いが聞こえてくる。
「え、何かしら? 」
早苗が生徒たちの方を振り向くと笑い声が止んで、何人もは下を向いている。
男子生徒の一人がすくっと席を立つと教壇の早苗の方へつかつかと近寄ってくる。
「先生、黒板は俺が拭いておくから先生は授業を始めててよ。」
「あ、そうなの。ありがとう。じゃ、お願いね。」
黒板拭きを申し出た男子生徒に黒板消しを渡すと持ってきたチョーク入れと教科書を教卓に置いて、出席簿を取り上げる。
「えーっと、昨日始業式で挨拶したから自己紹介は不要かしら。今学期から古文を担当します小俣と言います。みんな、よろしくね。」
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