妄想小説
田舎教師
三十八
「あら、小俣先生。どうしたの? 随分今日は早いじゃないの。」
出勤してきた教務主任は既に早苗が職員室の席に居るのに気づいて声を掛けてくる。
「あ、稲葉先生。ええ、今日はちょっと早目の電車にしてみたんです。何時も乗っていたのが結構混んでいるので、もう少し早ければ空いているのかなと思って。やっぱり、朝早いと、電車は空いているんですね、都会でも。」
「あら、そう。私はもう随分電車には乗ってないから。やっぱり混んでる電車だと痴漢とか多い?」
突然急所を突かれて早苗は一瞬言葉を失う。
「やっぱりそうなのね。でも、痴漢に狙われているうちが花よ。わたしなんか、もう見向きもされないわ、この齢だと。」
「そんな・・・。稲葉先生もまだまだお若いですよ。」
「あら、それ皮肉? 私も痴漢に狙われていた頃の自分に戻れるもんなら戻りたいわ。」
「え、稲葉先生は痴漢にあっても平気なんですか?」
「冗談よ。只の・・・。痴漢に遭いたいだなんて、変態とか、淫乱て言うのよ。そういうの。」
「ですよね。」
(変態とか淫乱て)という言葉が早苗の胸にぐさっとささる。
(私はもしかして、変態とか淫乱っていうのなんではないだろうか。お尻を触られて下着を濡らしてしまうなんて・・・。)
その朝は早めに出たせいで、痴漢に出遭うこともなく晴れ晴れとした気分だっただけに、また気分が少し落ちこんでくるのだった。そんな早苗を稲葉教諭の何気ない言葉が更に落ち込ませることになる。
「貴方、短大の時も殆ど男性とお付き合いしなかったって言ってたけど、合コンぐらいはしたんでしょ。幾ら郊外のキャンパスだといったって。」
「えっ、まあ・・・。一度ぐらいは・・・。」
それは早苗にとって思い出したくない思い出なのだった。
短大に入って合コンは同じ寮生から何度も誘われていた。同じ都内にある四年生の大学の様々なサークルからいろんな伝手を通じて早苗が居た女子短大の寮にも合コンの誘いがひっきりなしにあったのだ。
男性恐怖症だった早苗は寮友から誘われる度に断わっていたのだが、二年に上って東京生活にも慣れてきた頃、一度ぐらいならと思い切って誘いを受けることにしたのだった。その際に友人から絶対にその方がいいと教えられて借り受けたミニスカートを穿いてみて、その後友人の薦めで自身でも買いに行ったミニスカートを初めておそるおそる穿いて出掛けたのだった。
化粧もそれまでの見よう見まねでしていたものから、友人に教えられて初めて見栄えのするものに変えて出掛けていったのだった。
初めての合コンで自分から率先して男性にアプローチすることなど叶わなかったのだが、男女四人ずつで初めて出逢った男性四人のうちの真面目そうな男子学生と早苗自身も意外なほど話が合って意気投合したのだった。
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