妄想小説
田舎教師 第二部
二十七
「あら、小俣先生。今日もミニスカートなのね。」
授業を終えて職員室に戻ってきた早苗に隣の席の教務主任である稲葉教諭が声を掛ける。
「ああ、なんかこっちのほうが生徒たちにも受けがいいので。教頭先生からも服装なんかについていろいろアドバイスを受けて、自分の服装にも自信が持てるようになってきたんです。」
「あら。いいわね、若い人は。何でも似合っちゃうんだから。」
早苗の言葉を聞いて、稲葉が内心思ったのは全く別のことだった。
(ふん。ついこの間までパンチラ先生なんてあだ名つけられて、背中に貼紙までされて泣いて教室を出て来たくせに。)
作り笑いを返しながら早苗を小馬鹿にして嘲るような言葉を胸のうちで吐いたのだった。稲葉が学校中の情報通で、早苗がパンチラ先生と貼紙されて教室を逃げ帰ったことも、そのクラスの女子生徒からちゃんと情報を仕入れていて、それを教頭に通報したのも稲葉だった。教頭が新任の女教師にミニスカートの特訓をしているらしいことも早々に嗅ぎつけていた。そもそも始業式の日に教頭が自分に小俣先生のイアリングを外させるよう言い遣ったのも、きっとパンチラを見せてしまうに違いないと思った教頭の策略だったことにも稲葉は気づいていたのだった。
先輩の稲葉からそんな風に思われているなどとは思いもしない早苗は、先日街へ出て初めて自分で買ってきたミニスカートを案外評判がいいなどと思い込んでいたのだった。
「ねえ、小俣先生。貴方なんか若いから、お付き合いをしている男性とかいらっしゃるんじゃないの?」
稲葉は巧妙に鎌を掛けてみる。
「あら。いやですわ、稲葉先生ったら。そんな人は居ません。高校まではずっと田舎でしたし、教育課程を取った大学も女子短大でしたから。それにその間もずっと寮生活で、男性とのお付き合いなんてそんな機会はなかったんです。」
ほぼ正直に答えた早苗だったが、実はそれに加えて若い時から男性恐怖症があったのだ。
「貴方、ずっと母子家庭だったんですってね。」
稲葉は教頭に言って、新たに赴任してくる新任教師の履歴書までこっそり見せて貰っていたのだった。
「ええ。私がずっと若い頃に父は病気で亡くなって。私、三人姉妹の長女なんですけど、母親が一人で働いて私たち三姉妹を学校も出させて育てあげてくれたんです。だからやっと就職出来たので、これからは母に恩返しをしないといけないんです。」
「あら、健気ね。今の若い人にしては珍しい。」
稲葉に説明した通り、早苗の父親は三女の妹が産まれて直ぐに病気で亡くなっている。早苗自身もまだ小学校へ上る前だったので父親のことはあまりよく憶えていないのだった。母親は朝早くから仕事に出て、帰ってくるのも夜遅くだった。自分自身もまだ幼かったが、更に下の妹たちの面倒を見るのは専ら早苗の役目だった。だから早苗には誰からも面倒を見て貰うという経験が殆どなかったのだった。
次へ 先頭へ