妄想小説
田舎教師
二
「あ。じゃ、小俣先生はあそこの窓際の二番目の席へ。産休に入られた川添先生が使っておられた席ですが、既に片付いておりますのであそこをお使いになってください。それから、身の回りの事、学校の施設のことなど、お隣の稲葉先生が何でもよく御存じですので頼りにして何でも訊いてください。あ、稲葉先生。小俣先生のこと、宜しくお願いしますよ。」
「あら、また私が新任の面倒を見るんですか?」
「いや、稲葉先生が一番、ここでキャリアがおありになるのでね。」
「まあ、キャリアだなんて。いいですよ、教頭。一番齢を喰っているってストレートに仰って。」
「ははっ、齢だなんて・・・。ま、お手柔らかにお願いしますよ。」
「あ、あの・・・、小俣です。宜しくお願いします、稲葉先生。」
稲葉と呼ばれた女教師は確かに他の教諭たちよりは、すこし年代が上らしく見えた。見掛けがきつそうに見える左右に尖った眼鏡を少しだけずり上げて早苗の容姿を上から下まで検分するように見回す。
「あなた、どちらのご出身?」
「え? あ、あの・・・。N県S村というところです。確か権藤教頭と同郷だとか聞いております。」
「え、教頭と同郷? ふうん、そんな風には見えないわね。」
「あ、教頭は随分早くに故郷を出られたと聞いています。私は高校を卒業するまで向こうに居ましたし、短大もH市の奥にある寮生で暮らしていたので、あんまり都会には慣れてなくって。」
「みたいね。随分、服装が野暮ったいもの。明日は入学式と始業式があるから、もっとキリッとした服にしなさいよ。」
「キリッと・・・? あの採用面接で使ったスーツならあるんですが・・・。」
「ああ、リクルートスーツね。ま、それよりはずっとマシなんじゃない? それに貴女、ババ臭いわよ。新任なんでしょ。何か華が無いわね、若い割には。」
「そ、そうですか・・・。わかりました。」
(あの、スーツは少し裾丈が短いんですけど・・・。大丈夫でしょうか?)
本当はそう聞きたかったのだ。しかし、いきなり着て来た服を野暮ったいと言われて、言い出せなかったのだ。大学二年の秋には早苗も教員採用試験に落ちた時の為に、スクールメイトの同級生とあちこちの会社に面談に通ったのだった。その際に、自分よりずっと都会慣れしている同級生からリクルートスーツのスカート丈は少し短めくらいでないと駄目なのだと助言されたのだった。中高とずっと水泳部に居て、自分の身体の線には自信があったものの、スイムウェアと違って普段の服で身体を露出することには慣れていなかったのだ。スカート丈もその友人に選んで貰ったのだった。
「企業の面接官って殆どが男性でしょ。スカート丈には人一倍気を使うの。絶対、一番短い娘の方に目が行くんだから。」
そう言われて選んだスーツだった。着て面接に出てみると、確かに自分の脚の方に注目が集まるような気がした。しかしそれは目線だけで、殆ど採用内定の返事は獲れなかったのだった。それだけに教員試験の採用通知が届いた時にはほっと安堵の息を吐いたのだった。その時に教務担当から同郷の権藤という先生がいろいろ手を回してくれたらしいという話を聞いたのだ。
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