妄想小説
田舎教師
八
「あら、貴女。教頭室から戻ってきてたのね。どう、いろいろ叱られた?」
「え、稲葉先生。どうしてご存知なのですか?」
「ふふふ。やっぱりね。教頭先生はいろいろ厳しい方だから大抵は叱られるのよ。特に新入りはね。」
「でも、いろいろご指導くださって私にはありがたいです。」
「あら、そう。それじゃ、よく言うことは聞くことね。この学校じゃ校長より力があるんだから。下手に逆らったりしたらそれこそ首よ。」
「え? こ、困ります。わたし、職を失う訳にはゆかないんです。」
「まあ、マジになって。冗談よ。」
早苗は(校長より力がある)という稲葉教諭の言葉を聞いて、教頭に連れられて校長室に挨拶に行った時のことを思い出していた。
その時も校長は部屋の隅で盆栽のようなものの手入れをしていた。期待していた校長らしい言葉を掛けられることもなく、(教頭先生の言うことをよく聞いてね)とただそれだけぼそっと言っただけだったのだ。
「私、教頭先生のいいつけなら何でも聞く覚悟を決めています。私の至らないところをよく理解してくれていて、注意してくださるんですもの。」
「そんな事より、あなた。明日が最初の授業じゃないの? 最初が大事なのよ。しっかり準備してから授業に挑まなくては駄目よ。」
「そうですよね。それじゃ明日からもよろしくお願いします。」
ミニのリクルートスーツで去って行く早苗を軽蔑したような眼で見送りながら稲葉史江は教頭の言葉を思い返していた。
(稲葉君、あの新人教師にイアリングは派手過ぎるから外すように言っておいてくれるかい。ただし、檀上にあがってから生徒たちが入場した後でね。)
教頭はそう自分に言ったのだった。その意味は女である史江にはようく判っていた。
(ふん、田舎娘が・・・。若いからって調子に乗ってんじゃないわよ。それにしても相当虐め甲斐がありそうね。これからが愉しみだわ。)
今は独身だが、離婚歴があって職員室一番のオールドミスである稲葉は可愛げだけが取り柄のような新任教師の早苗に明らかに嫉妬の念を抱いていたのだった。
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