妄想小説
田舎教師
十七
「小俣先生。今日はこの間、途中放棄なさったあのクラスの授業がある日ではなくって?」
「え? ええ、そうなんです・・・。」
そのことで早苗は朝から暗澹たる気持ちでいたのだった。
「どんな事でからかわれたにせよ、教師が授業をボイコットするなんてあり得ないことなのよ。わかっていらっしゃるのかしら。」
「ええ、それは重々承知しています。全ては私がいけなかったのです。」
「いいですか。教師たるもの、何時、如何なる時でも毅然とした態度を崩してはなりません。そうでないと、生徒達にとことん馬鹿にされることになりますよ。」
「はい、わかっております・・・。」
早苗もそうでなければならないことは嫌というほど判っているのだ。しかし、なかなかそうは思いきれない自分がいるのだった。
どう接したらいいのか結局、何の腹積もりも決められないまま授業の時間は来てしまった。朝と同じ暗澹たる気持ちで足を引き摺るように重い足取りで教室の前までなんとかやってきた早苗だった。
教室の中からは、あの日と同じような生徒のざわめきが聞こえてきていた。
(もう逃げるわけにはいかないのだわ。)
そう決心すると、一度大きく息を吸い込んでから意を決して教室の扉を開いた早苗だった。
「わーっ、お帰りなさーい、パンチラ先生っ。」
いきなり非情の言葉が飛び交う。
「皆さん、お静かに・・・。」
改めて教壇の中央に立つと、少し伏し目がちになりながらたどたどしく語り始めた。
「この間は授業の途中で教室を飛び出してしまって本当にごめんなさい。深く反省してます。これからはちゃんと授業をしていきますので、皆んなもついてきてくださいね。」
「だったら、この前みたいなミニスカートで授業に来てよお。皆んな、期待してんだからさあ。」
何処からともなく、そんな男子生徒の声が掛かる。
泣きそうになるのを必死で堪えて顔を挙げると作り笑顔をたたえながら言い切る。
「皆んなが期待してるんだったら、ミニスカートも今度は穿いてくるから。だから、今日はちゃんと授業を受けてね。」
「おーっ、期待してるぞぉ。」
誰か判らないその声に教室全体がどっと沸いて喧噪が鳴りやまない。
「約束するから・・・。だから、今日はおとなしく授業を受けて頂戴。」
涙眼になりながら、早苗が顔を挙げて生徒達の方を見回すと、いつのまにか喧噪は収まってしいんと教室は静まりかえっていたのだった。
「じゃ、授業を始めるわね。この間の続きの万葉集よ。教科書の18頁、開いてください。」
そう言い切ると、何とか授業を始めた早苗だった。
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