妄想小説
田舎教師
三十
「おい、見てみろや。あそこが真っ赤っかだぜ。」
縄で縛られて両手の自由を奪われた早苗が汚してしまった下着を隠すことも出来ず、スカートを捲り上げられたままで男達から走って逃げる様は、多くの登校中の児童だけでなく行き交う人々にも目撃されてしまったのだった。
報せを聞いて駆け付けた女教師に縛られた縄を解かれ下半身の始末をして貰い、どういう事なのかという説明を受けた早苗だったが、起こったことのショックにもう何も耳に入って来ない状態で泣き叫ぶばかりだった。この日から早苗の男性恐怖症が始まったと言ってもよかった。早苗の事件によって、学校での性教育、保健体育の特別授業は予定を早められて実施はされたが、早苗本人には手遅れとなってしまったのだった。
その時のショックがずっと尾を引いて、中学、高校と進んでいっても早苗は自分に親しげに声を掛けてくるクラスメートの男子生徒には一切口を利かない子供になっていったのだった。
「小俣さん。何処行ってらしたの?」
「ああ、稲葉先生。ちょっと給湯室に。昔の嫌な事、思い出しちゃって・・・。気分を変えに行ってました。」
「まあ、誰にでも嫌な思い出はあるものね。一人親で育ったんだから、いろいろあったんでしょうね。」
「ええ、まあその・・・。」
適当に誤魔化す早苗は、それ以上追及されないように話題を変える。
「こちらの電車って、凄い混むんですね。私、田舎のローカル線しか経験がなかったので。」
「貴方、電車で通ってらしたのね。」
「ええ、この辺だと家賃が高いのでもう少し郊外の方にアパートを借りたんです。」
「じゃ、朝とか大変でしょう?」
「ええ・・・。」
早苗は稲葉が(大変)と言っている意味が、自分が感じているものと同じなのか訝しく思う。
「通学とかはどうしてらしたの?」
「電車でも通えたんですけど、一時間に一本しかないような田舎の電車だったのでちょっと遠かったけれど自転車を使ってました。あ、短大の時は寮だったので歩いて行ける距離だったんで、こちらみたいな都会での電車通勤は初めてなんです。」
「あら、そうだったのね。」
早苗は稲葉教諭がそう言いながら、にやりとほくそ笑んだのには気づいていなかった。
「ねえ、教頭。あの新人の女教師の調教は順調に進んでいるみたいですね。」
「何を藪から棒に。それに調教だなんて。躾けとか教育と言って貰いたいね。」
「あら、失礼。最初にこの学校に来た頃の野暮ったさがすこし抜けてきてはいますわね。」
「それは彼女の努力によるものだろう。」
「そう言えば教頭・・・。あの人、電車通勤なんですってね。」
「ああ、そうらしいね。」
「あの人、これまで都会で電車通勤したことはないんですって。」
「ほお・・・。だから?」
「きっと免疫がないのよ。あっちの方に・・・。」
稲葉教諭は権藤教頭に向かって意味ありげなウィンクをしてみせる。
「ふうん。そう言う事を経験して来なかったって訳か。」
「教頭はいろんなお知り合いがいらっしゃるそうですね、」
「君、何がいいたいのかね。へんな詮索はしないことだよ。」
「あら、詮索だなんて。私は学校内の様々な情報をご報告差し上げているだけですわ。それじゃ失礼いたします。」
教頭は去って行く稲葉教諭の後姿を見送りながら、自分に覚えのある知り合いの顔を思い浮かべ始めていた。
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