後ろ手手錠

妄想小説


田舎教師



 四十五

 (え、えっ・・・。どうなっているの? え、どうしよう。)
 想定外の出来事に早苗は慌てる。が満員電車の中で両手の自由を奪われた自分がどうすればいいのか見当もつかない。するといきなり肩が掴まれて、目の前の男の方に引き寄せられる。背中で繋がれて両手の自由が利かない為に、されるがままに男の方に向かされる。その時、下腹部に何かが押し当てられているのに気づく。
 (ま、まさか・・・。)
 早苗は声を挙げたほうがいいかどうか迷う。まさに想定外の出来事で気が動転してどうしていいか判らない。男と身体が前面で密着しているので、男の顔もよく見えない。首を横にして様子を窺うと男はサングラスをしていて顔がよく判らない。しかしそのサングラスの下で男がニヤリとほくそ笑むのが判った。その次の瞬間に何か生温かいものが下腹部の辺りを流れたような気がする。嫌な予感だった。しかし両手は背中で繋がれていて確かめることも出来ない。
 (どうしたらいいの・・・?)
 早苗は自問自答するが、答えは見つからない。その時男が耳元で囁くのが聞こえた。
 「外して欲しかったらおとなしく次の駅で俺と一緒に降りるんだぜ。」
 手錠の事を言っているのだとすぐに早苗は理解して、首をゆっくり縦に振って見せる。
 電車がガクンと揺れて、ブレーキが掛かったのが判る。電車がホームに入ってゆくと男は再び早苗の肩を掴んで男の前に後ろ向きに立たされる。そのまま男が背中に身体をぴったりとくっつけるようにして人ごみを掻き分け、開いた扉から外に押し出す。男が身体をぴったりとくっつけているのは他の乗客に手錠が見えないようにする為だと降りてから気づいた。
 その駅では男と早苗以外は誰も降りなかったようだった。再び扉が閉まると電車はゆっくりと動き出していく。早苗はただそれを見送るしかないのだった。

ホーム前沁み

 誰も居なくなったホームに男と二人だけで残されると、早苗はあらためて自分の格好を確かめる。さっき何かを自分の下腹部に押し付けられていたらしい場所にはべっとりと何かが沁みになって痕が残っている。
 早苗は男の方を見上げると懇願するようなまなざしを向ける。
 「こ、これっ・・・。早く、外してくださいっ。」
 男の方に繋がれた両手を翳してみせる。男は見下したように早苗をみると、ポケットから鍵のようなものを取り出す。
 「こいつは玩具の手錠だが、なかなかよく出来ていてね。この鍵が無いとなかなか簡単には外せないのさ。これを置いておいてやるから自分で外すんだな。それっ。」
 男はそういうと手に持っていた鍵をポンと放り投げる。
 「あっ・・・。」
 早苗の目の前で鍵はホームのコンクリートの上を二、三回跳ねて、待合室のベンチの下に転がって落ちた。
 「じゃあな。また逢おうぜ。」
 男はそう言うとくるりと踵を返して駅の改札のほうへ歩いていく。早苗は男を追い掛ける訳にもゆかず、ベンチの下に落ちていった鍵を捜すのだった。
 (あったわ。)
 ベンチの一番奥にきらっと光る鍵をみつけてほっと安堵の息を吐くが、後ろ手に手錠を掛けられた状態では鍵を拾い上げるのは至難の技なのだと気づく。ベンチの前にしゃがんで後ろ手で手探りするしか方法はなかった。ふと前をみると、反対側のホームに小学生らしい男の子が三人不審そうに早苗の様子を見ているのに気づいてしまった。ベンチを背にしゃがめば男の子たちにスカートの中を覗かれる惧れがあった。しかし、男の子たちが行ってしまうのを待っていたらもっと不味い事態にもなりかねないと早苗は観念する。屈辱的な思いのまま、早苗は男の子たちにスカートの奥を覗かれる覚悟でベンチの前にしゃがみこんで鍵を手探りするのだった。

小俣早苗

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