妄想小説
田舎教師
五十九
「今日はまず自分に素直になることだ。感じるとおりに声を挙げていいのだよ。自分の本質をしっかり掴むところから始めなければならないからね。」
「わ、わかりました。お願いします。」
「じゃ、いいかね。これは?」
「あ、ああ・・・。あっ・・・。」
身体に触れられた途端に、早苗は切なそうな喘ぎ声を挙げてしまうのだった。
今日も社会科教師、落合茂吉は職員室とは別の自分の控え室である社会科準備室から渡り廊下を歩いて行く古文教師の小俣早苗を観察していた。小俣のことは新任で赴任してきた時からずっと注目してきた茂吉だった。妙に田舎っぽいところが自分と似ていて、小俣ならずっと恋人が出来ない自分にも合うのではないかと思ったのだ。最早、校内でも独身者は離婚歴のあるオールドミスの稲葉教務主任ぐらいしかいない。さすがに持てない自分でも稲葉はないなと思っていた所に新任で若い小俣早苗が赴任してきたのだから注目しない訳にはゆかない。
その小俣が時々、特殊教室ばかりが並んでいる最も北の校舎へちょくちょく歩いていくのを不審には思っていた。茂吉が見下ろしている社会科準備室は四階にあるので、渡り廊下を歩いていく小俣早苗は遥か下の方に見える。最初のうちは何処へ行くのだろうと訝しく思っていたのだが、特殊教室の四階にある教頭室なのだということはすぐに気がついた。古文の教師が使うような特殊教室は北側の棟には無いからだ。
(確か赴任初日の挨拶で、教頭とは同郷だと言っていた筈だ。)
挨拶を思い出しながら、同郷のよしみでの話をしているのかと最初のうちは思っていたが、あまりに頻繁なので怪しみだしたのだった。
教頭の権藤も元々は社会科教師であったのを知っていた。茂吉がこの学校に赴任してきてからはすぐに教頭に出世して社会科の授業は専ら茂吉が行っていた。元々権藤が教頭室と称して使っている部屋は社会科準備室だったものだ。権藤は嫁が教育長の娘で、婿入り養子のような形で教育長の家に入り、その後どんどん出世していた。学校でも校長を凌ぐ権力を持ち始めて、自分が主に使っていた社会科準備室も教頭室などと他の学校ではあまり見かけない個室に改造までしてしまった。一方の茂吉があてがわれている方の社会科準備室は教頭室に比べて殆ど物置に等しかった。
茂吉が権藤と小俣早苗の関係をおかしいと思うようになったのは、ある日教頭室を訪ねて行った小俣の脚の色が変化していたからだ。教頭室のある校舎へ渡り廊下を渡って行くときには薄く白っぽいストッキングだった筈なのに、戻ってきたときは間違いなく生脚の素足だったからだ。
(教頭室でストッキングを脱いでくるとは、いったいどういうことだろう・・・。)
その時から茂吉の密かなる探偵調査のようなものが始まったのだった。
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