校長室座位2

妄想小説


田舎教師



 六

 「そこに掛けたまえ。」
 教頭に薦められるまま、早苗は手近なソファの長椅子に腰掛ける。 ソファに腰掛ける瞬間、教頭用の机にしては立派な校長用の机かと見紛うような机を前にして座った権藤の目がチラッと動いたのに早苗は何故かドキッとする。
 「今朝、最初に観た時には何かイアリングのようなものを着けていたように記憶しているが。」
 「あ、はいっ。稲葉教務主任から始業式の新任教師には相応しくないと指摘頂きましたので、すぐに外しました。」
 「ふうん、そうか。まだ持っているかね。なら、もう一度着けてみたまえ。」
 「は、はいっ。」
 早苗は訳が分からないまま、しまっていたスーツのポケットからイアリングを取り出すと再び耳に着けてみる。

校長室座位5

 「ふうむ、やっぱりそうか。」
 「えっ? な、何か・・・。やっぱりこのイアリングは新任教師が始業式で身に着けるのは場違いなものだったのでしょうか。」
 「君は何も判っておらんようだな。」
 「申し訳ありません。私、ずっと田舎育ちで・・・。短大もやっと首都圏に出て来れたんですけど、結構な郊外の方で寮住まいだったものですから、都会の生活には殆ど慣れていないんです。稲葉先生からとっても野暮ったい格好だと言われて、どうしたらいいかと思ったんですけど・・・。」
 「いや、そういう事ではない。ふうむ。じゃ、これを着けてみなさい。」
 教頭が近づいてきて早苗に渡したのはビロードみたいな柔らかな生地の細い帯だった。
 「眼の上にそれを巻いて、頭の後ろで結ぶのだよ。」
 「あ、はいっ・・・。」
 何故そんな事をしなければならないのか全く理解が出来ないながら、渡されたビロードの布を言われるがまま眼に当てると頭の後ろで結んでみる。
 「そのままそこの椅子に座ってみたまえ。あ、手は背中の方で後ろ手に組んで。」
 教頭の意図していることが全く理解出来ないまま、早苗は両手を背中の後ろで組むと、ふくらはぎの後ろ側で椅子の位置を確認しながら、おそるおそる腰を降ろすのだった。

小俣早苗

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