妄想小説
田舎教師 第一部
一
「さ、小俣早苗先生。お待ちしておりましたよ。皆さんにご紹介しますので、職員室までご同行ください。」
「よ、よろしく・・・、お願いします。権藤教頭先生。」
新任でいきなり都心近くの高校に赴任が決まった早苗は、いささか緊張していた。高校までは田舎の寒村でしか生活したことはなかったし、教員免許を取る為に通った短大も首都圏にあるとは言え、私鉄沿線の終点近くの郊外にあった。そのうえ、初めての独身生活である筈だが短大付属の寮に寄宿していたため、東京らしい暮らしというのは全く経験してないに等しかったからだ。
「君は私と同じ、N県のS村出身だそうだね。」
「あ、はいっ。短大の教務の先生からそのように伺っております。本採用の折には教頭先生に大変お世話になったと聞いております。その節は何かとありがとうございました。」
「いや、なに・・・。同郷とは言っても、私は高校の時には、もうこっちに出てきていたからね。S村出身と言っても、形だけみたいなもんだ。でも、同じS村と聞いて、やっぱり同郷のよしみというものは湧くものだからねえ。」
「あ、あの・・・。光栄です。いろいろ、お教え頂きたいです。都会に出るのは初めてですので。」
「あ、そう・・・。じゃ、入って。」
教頭の権藤は職員室の扉をガラリと開けると、中に先に入る。
「ああーっ、先生方。皆さん、席のままで結構ですから、こちらをご注目ください。今学期より新任で赴任されます先生を紹介します。さ、こちらへ・・・。えーっと、小俣・・・。小俣、早苗先生です。この春、K大学付属短期大学部、教育科を卒業なさいまして、わが富士見台高校に採用されることになりました。小俣先生には古文を担当して頂くことになっております。皆さん、宜しくお願いします。さ。」
「あ、はいっ。あの・・・、お、小俣・・・。小俣、早苗と申します。短大では国文学を専攻し、教育課程を学びました。初めての事ばかりで慣れない中、皆さんにご迷惑をお掛けするかもしれませんが、何卒宜しくお願い申し上げます。」
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