妄想小説
男女六人 卒業旅行
五十五
無人駅らしい幸福駅にはホームに電車が停まっていて人影もなく、そのホームに玲子が一人で歩いて行ってベンチで物思いにふけっているようだった。そんな玲子を見て哲平が話し掛けに行こうとするのを知世が止める。
「少し一人にさせておいた方がいいわ。ねえ、哲平。線路の上を歩いてみない?」
知世の提案に哲平は素直に従うことにした。
「ね、手を繋いで。」
線路の上に立って、バランスを失いそうになって知世が哲平に声を掛ける。哲平に手を貸して貰うのに、自然な流れだった。
「ねえ。こうして歩いていると、何か映画の主人公みたいね。」
哲平はそれよりも知世が自分から手を繋いで欲しいと言い出したことに驚いていた。
「そうだ。駅舎で確か記念切符みたいのを売ってる筈よ。行ってみましょうよ。」
知世に誘われて小さな駅舎に入ってみると、既に琢也、優弥、茉莉がお土産品などを見ていた。
「茉莉も、切符買うの?」
「ああ、愛国から幸福駅へってやつ? わたしは買わないわ。恋愛におまじないみたいなものは持ち込まない主義だから。」
「へえ、そうなの?」
「俺も同じだな。切符で御利益があるなんてのは商業主義が作ったいんちきさ。」
「あら、優弥もロマンがないのね。琢也はどう?」
「あ、俺は買おうかな。何かいい事があるかもしれないから。」
「わたし、玲子の為にも一枚買っておこう。哲平も買うでしょ?」
「あ、俺? ああ、そうだな。」
哲平はどうでもよかったのだが、変に反対して知世の機嫌を損ねたくなかったのだった。
「じゃ、そろそろ出発しようか。茉莉、玲子を呼んで来いよ。」
「わかった、優弥。先に車に乗っていて。」
「待って、茉莉。これっ。玲子にあげてね。」
そう言って知世は買ったばかりの愛国から幸福駅へという定番のお土産切符を手渡したのだった。
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