妄想小説
男女六人 卒業旅行
五十四
「おーい、知世。いつまでそんな所で遊んでんだよ。」
「哲平もこっち来なさいよ。気持ちいいわよ。」
襟裳岬に到着した四人だったが、茉莉と琢也の姿は見つからず仕方なく岬の先の浜辺まで降りてみることにした。知世は無邪気に浜の砂で遊んでいるのだった。
「玲子、これ呑めよ。」
優弥は浜まで降りてくる途中で買ってきた清涼飲料のボトルを玲子に手渡す。
「ありがとう、優弥。この雄大な景色見てたら、何だか気が晴れて元気になってきたわ。」
「そうか。それはよかったな、無理しなくていいぞ、玲子。」
「うん、でももう大丈夫。」
優弥は明るく微笑み返す玲子を久々に見た気がした。
「おい、あれ。琢也と茉莉じゃないか。」
襟裳岬の駐車場に戻ってきた哲平たちは隅の方に見慣れた車が停まっているのを見つける。その車のすぐ後ろにいる二人の影は遠目にも誰だかすぐに分かったのだった。
「おーい、琢也。茉莉ーっ。」
哲平が声を挙げながら走って行くと、すぐに気づいたようで振向いた琢也が頭を掻いている。
「いやあ、今ちょっと給油しに行ってたんだ。悪かった。勝手に先に出てきてしまって。」
「ほんとだよ。もう逢えないかと思ったぜ。茉莉、お前の差し金なんだろ?」
「いや、哲平。茉莉が悪いんじゃないんだ。俺が一人になりたいって言ったら、一人じゃ心配だからってついてきてくれたんだ。」
優弥と知世、玲子も遅れてやってくる。
「な、これまで通り皆んなで旅行を続けようぜ。いいだろ、琢也。」
「ああ。もちろんだよ。」
「ね、玲子。わたしと優弥の車に乗ろ。」
茉莉がなかば強引に玲子を誘って一台の車の後部座席に引っ張って行く。優弥は首をすくめて琢也と哲平に(仕方ないだろ)とばかりに同意を求める。
「じゃ、知世は俺と琢也の車な。運転は琢也がするか?」
「ああ、いいとも。」
そうして再び男女三人ずつの組合せになって襟裳岬を出発したのだった。
「玲子、少し元気が出てきたみたい。」
「ありがとう、茉莉。襟裳岬で強い風に吹かれてたら何だか色んな事がどうでもいいことに思えてきたの。」
「大丈夫よ。玲子なら何でも乗り越えられるから。」
珍しく助手席には誰も乗せずに一人運転する優弥は後部座席で交わされる会話に耳を傾けながら、茉莉は(野犬に襲われた)のではない事情を分かってて話をしているのだと確信する。
「なあ、茉莉。次はどこまで行くんだ?」
運転しながら優弥は後部座席の茉莉に訊く。
「さっき話してたら、知世がどうしても幸福駅へ寄ってみたんですって。帯広の少し手前よ。そこへ寄ってから今夜は帯広で一泊かな。阿寒湖までは一気にはいけそうもないから。」
「わかったよ。」
その後優弥は、後部座席の会話には加わらないで、黙々と運転をすることに集中することにしたのだった。
一方、もう一台の車では玲子が居ないので、訊きにくかったことを琢也に尋ねることが出来た。
「琢也。お前がゆうべ外に出ていったのは、玲子と外で逢う為だったんだろ?」
「ああ・・・。昼間、逢う場所と時間のメモをこっそり玲子に渡したんだ。」
「お前が出て行ってすぐ、玲子も外の風に当たりにいくって言い出したんでてっきりそうだろうと思ったよ。」
「わたしには珍しく玲子がうきうきしているようにも思えたわ。」
知世もそう追加する。
「でも来なかったんだ。待合せの時間を過ぎても全然来る気配がなくて、暫くそのまま待ってたんだけど・・・。で、ふられたんだと思ってコテージに戻ったんだけど。玲子の方が先に戻ってきたみたいだな。」
「ああ、そうだよ。」
そう答えたものの、玲子が戻ってきた様子をどこまで言っていいのか戸惑う哲平だった。
「茉莉は、玲子が野犬に襲われたんだって話してたわ。服があちこち破れていて泥まみれだったし、引っ掻き傷みたいなのも身体中にあったわ。」
「野犬・・・? 野犬かあ。」
琢也もそんな動物が居たのかなあと不審に思うのだった。
「あ、あれが幸福駅らしいぜ。」
「もうすぐ廃線になって、駅も無くなってしまうらしいの。その前に一度来たかったのよ。」
駅を見つけた哲平に知世が答える。
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