妄想小説
男女六人 卒業旅行
五
「ねえ、卒業前の最後の日に部室で逢ってたこと憶えてる?」
何となく優弥と二人になった茉莉はそう話しかけてみる。
「部室で・・・? ああ、そうだったかな。」
優弥はすぐに思い出していたが、それを誤魔化していた。二人はバスケ部の部室で最後に荷物を取りに来た時に偶然二人だけになっていたのだった。
(ねえ、キスして・・・。)
そう言って、茉莉は目を瞑ったのだった。しかし茉莉の唇は奪われることはなかった。優弥にキスして貰ったら、その次には(制服のボタンを頂戴。)って続ける筈だった。しかしその言葉も結局言わずじまいになったのだった。
(なんだか茉莉はあの頃とあまり変わっていないなあ・・・。)
優弥もあの日のことを思い返していた。自分の目の前でキスを求めて目を瞑ったあの時の顔がまざまざと瞼に浮かんでくる。
あの頃、茉莉は男子生徒の間では人気の的だった。自分もそれなりに女子生徒には人気があるのは感じていた。しかしそれは人気のバスケ部のそれぞれキャプテンだったからで、二人が付き合っているという噂もあるのは聞いていたが、実際には部活の終わる時間が一緒なだけで、一緒に帰る訳でもなければ一緒に何処かに遊びに行ったということもなかった。だから、最後の日に部室で偶々一緒になって、キスをせがまれた時に優弥は戸惑ったのだった。
(あのまま茉莉の唇を奪っておけばよかったのかもしれない。)
その後何度となくそう思ったのだが、何故かあの時はそういう気持ちに踏み切れなかったのだ。それはあまりに安直過ぎると思ったからかもしれない。
自分の親友に幼馴染みの女の子が傍に居て、自分の思いに気づいて貰おうと必死でいるのが傍目に見てもよくわかった。恋とはそういうものだと思って親友が羨ましかった。だから安直にキスなどしてはならないのだと思ったのだ。そんな風に優弥はあの時の事を振り返っていた。
茉莉の方では、キスを拒まれるなどとは思ってもみなかっただけに内心ではショックを隠せなかった。あの時(そういうのは、もっと大事な時に取っておけよ)確かそんな事を言われたのだった。確かに茉莉にとってあの時の優弥はかけがえのない人という訳でもなかった。キスをして制服のボタンをねだるには、またとない好都合の男子だった。ただ、それだけだったのだ。それは今になって振返ってみて判ることで、その時の自分には(何故?)という思いしか抱けなかったのだった。
「なあ、知世。玲子が制服のボタンを欲しいってねだろうとしたのは優弥なのかなあ。」
「なんだ。そんな事、まだ気にしてたの? そうじゃないかな。何かにつけて玲子、優弥って格好いいって言ってたから。」
「ちえっ。人気者はいいよな。玲子みたいな子にボタン欲しいって言われたら俺だったら断われないよなあ。」
「ふうん、そうなの?」
(じゃ、もし私が言ったらどうだったの?)そんな言葉をぐっと喉元で呑みこんだ知世だった。
「私達、今度の夏、三人で北海道に行くんだ・・・。」
「え、北海道? 茉莉と玲子と一緒にかい? ふうん・・・。そいつぁいいなあ。今度の夏って言ったら、卒業旅行だな。ふうん・・・。なあ、ちょっと考えたんだけど、俺たち三人。俺と、琢也と優弥も一緒だったらどうかな?」
「え、あんた達三人?」
「あ、いや・・・。だからさ。俺たちが偶然、途中で出遭うんだよ。で、じゃあ、一緒に旅行しようっていう事になるのさ。」
「え、駄目よぉ。そんな事・・・。」
「なあ。俺、お前から聞いたって言わないから。内緒にするから。俺が琢也と優弥を誘って、偶々途中で見掛けて一緒になるんだ。俺、あいつらにも内緒にしとくからさ。お前も知らなかったって言い張っていいから。な、それでどうだ? 日程、教えてくれよ。」
そうして知世から無理やり女子三人の旅行日程を聞き出した哲平は、そうとは知らない琢也と優弥に北海道旅行の話を切り出し、女子三人が乗る筈の青函連絡船の同じ便に同船することに成功したのだった。
「でも、この旅行は私達仲良しだった女子三人でしようって言うから参加したのよ。」
「あら、玲子。いいんじゃない。だって、私達三人の内で運転免許持ってるの私だけでしょ。独りでずっと運転するのはちょっと心配だったの。」
「だからレンタカーを借りて廻るのは全部じゃなくていいって言ったじゃないの、茉莉。」
「でも、列車やバスだと結構、時間取られるわよ。待ち時間、多いし・・・。知世、貴方はどうなの?」
「私はその・・・。まあ、どっちでもいいけど・・・。」
「そりゃ、六人で廻るほうがいろいろ便利でいいに決まってるさ。何せ、俺たち男組は全員運転が出来るんだから。交代で運転すれば茉莉一人に負担は掛けないで済むし。な、琢也もそう思うだろ?」
「まあ、そうだな。宿は夫々で別々の部屋を取ればいいんだし・・・。どうだい、玲子。」
「皆んながいいって言うんだったら、別にいいけど・・・。」
「じゃ、決まりね。男女六人で一緒に行きましょう。」
茉莉のひと言で強引に押し切られたという感じだった。知世は哲平に口止めされていたので積極的な意見は言わないままだったし、玲子も偶然出遭ってしまったんだからいいかという気持ちにもなってきていたのだった。
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