妄想小説
男女六人 卒業旅行
四
「なあ、茉莉。お前はタレント志望だから堀北学園に行ったんだったよな。あれからどうなんだい?」
自分も芸人志望だった哲平は話題を変えて茉莉に話しを振ってみる。
「まあ一応それなりのプロダクションに所属はしているけど、まだ売れるってところまではね。こっちも結構、競争は激しいから。哲平だって知ってるでしょ、その辺りは。」
「ああ、まあな。玲子はどうなんだよ。湘東女子から何処へ進んだんだっけ?」
「永和女子よ。」
「へえ。女子高から女子大かあ。それじゃ男には免疫が出来てねえな。どうすんだよ、将来?」
「私はアナウンサを目指そうと思ってて。」
「そう言えば中学の時はずっと放送部で人気ディスクジョッキーだったもんな。学校中の人気者だったよな。」
「あれは下級生たちにだけよ。声だけしか知らない下級生たちが騒いでいただけよ。」
「そうかなあ。俺たちも放送は楽しみにしてたけどな。」
「ねえ、そう言えば玲子。卒業の時、憧れの彼にボタンをねだったの?」
「いやだあ、知世ったら。そんなの、してないわよ。」
いきなり知世に振られて、顔が真っ赤になる玲子だった。
「おやあ。誰なんだよ、憧れの彼って?」
「もう・・・。知らないっ。知世もへんなこと、言わないでっ。」
玲子はそう言ってぷいっと横を向いてしまう。
「なあ、琢也。お前はどうなんだよ。誰かにボタンをねだられたりしたのか?」
「ないよ、そんなの。もしねだられてたら、誰にだってあげちゃったろうな、きっと。」
「へえ。そうか。欲しいって言われなかったの、俺だけじゃないって知ってちょっと安心したぜ。優弥、お前はみんなから言われたろ?」
「そんなの忘れちまったよ。ガキの頃の話だろ?」
「やっぱり言われたんだな。だってバレンタインの時だっていっぱいチョコレート貰ってたもんな。いいよな、人気者は。」
昔話に花が咲く中、お互いがお互いの顔色をそっと気づかれないように覗っていたのだった。
「なあ、玲子。さっき制服のボタンをねだるつもりだったって知世が言ってたけど本当かい?」
一旦テーブルを離れて皆が散り散りに別のグループに移っていった後、深町玲子と二人で隣り合わせた樫山琢也は気になっていたことをつい訊いてみたのだった。
「ああ、違うのよ。卒業って歌が流行っていた頃、私もやってみたいって言ってみただけ。誰って別にお目当てがあった訳じゃないわ。琢也こそ、欲しいって言われたら誰でもいいなんて、本当?」
「いや。あれは、あの場の流れってやつかな。でも、本当。誰からもボタン、欲しいなんて言われなかったから、ちょっと淋しかったかな。」
「ふうん、そうなの・・・。」
実は知世には当時クラスでも一番の人気だった氷室優弥がお目当てだと言っていたのは、自分の意中の人を気づかれない為のカムフラージュだった。だから、琢也が誰でもいいって言った時には胸がどきんと疼いたのだった。
琢也は琢也で、自分のすぐ傍で玲子がボタンを欲しいっていう相手が居たらしいこと、しかもしれは自分ではなかったらしいことで、どぎまぎしていたのだった。
「玲子がアナウンサーになるって言うんだったら、俺は応援したいな。きっといいアナウンサーになると思うよ。」
「そう? でも難しいと思うわ。結構競争倍率は激しい世界だから。」
「頑張ってみろよ。哲平が言ってたけど、玲子の校内放送、結構人気あったんだよ、あの頃。」
「そう? 琢也はどうしたいの、将来・・・。」
「俺は建築士を目指そうと思ってる。何か物を作る仕事をしたいなってずっと思ってて。」
「へえ、素敵ね。」
そんな他愛ない会話をしながらお互いの気持ちが表面に出ないよう取り繕っていたのだった。
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