妄想小説
男女六人 卒業旅行
五十
茉莉がベッドルームに入って行くと、玲子はひとりベッドに寝転んでいて、視線はぼおっと宙を彷徨っていた。
「何があったの、玲子。」
よく見ると、玲子のワンピースがあちこちが破れており、泥にまみれている。身体のあちこみに擦り傷があり、唇からははっきりと血が流れた後があった。
「襲われた・・・の?」
玲子は視線が定まらないまま、小さく頷く。茉莉はハンカチで唇の血糊をそっと拭ってやり、毛布を掛けてやる。
「皆んなには野犬に襲われて、逃げてきたと話しておくから。こっちのベッドルームは使わないようにするから、少ししたら服は着替えておいたほうがいいわ。」
茉莉は玲子を一人残して、皆のほうへ報告に戻っていくのだった。
「野犬なんて、今時居るのかなあ?」
「北海道は自然が多いから、飼い主からはぐれた犬が野生化するらしいの。狼みたいなもんよ。玲子、相当怖かったみたいでまだ興奮してるからそっとしておいてやって。ベッドルームはもう一つ空いてるからそっちを使いましょ。」
茉莉が説明していると、琢也が外から帰ってきた。
「お前、一人だったのか。」
「ああ。俺、ふられちまった・・・。」
哲平と優弥は顔を見合わせる。琢也は玲子に起きたことを全く知らない風だったからだ。
「とにかく、今夜はもう寝よう。」
優弥のひと言で、男女ともにそれぞれ別の部屋に引き揚げるのだった。
「あ~あ、ゆうべは呑み過ぎたなあ。あれっ、琢也は? おい、優弥。起きろよ。琢也は?」
「う~ん。眠みいなあ。なんだ、琢也がどうしたって?」
「優弥。琢也の姿が見えねえんだよ。」
「え? 下に降りてんだろ。」
しかし、琢也は昨夜皆が一緒に呑んでいたリビングにもその姿はなかった。それどころか女子の部屋からは茉莉の姿も消えていたのだった。
「知世も何も聞いてないのか?」
「ええ、哲平。ゆうべ、それぞれの部屋に戻ったでしょ。それからすぐに寝てしまったんで、何も聞いてないわ。」
「おい、これっ・・・。」
優弥が何やら紙切れをテーブルの端で見つけたらしく、哲平と知世のところへ持ってくる。
「ここに『先に出る TとM』ってだけ書いてある。」
「TとMって、琢也と茉莉だよな。先って・・・。何処行ったんだよ?」
「さあ? 知世。玲子の様子、見に行ってくれないか。」
「わかった。行ってくる。」
「哲平。駐車場に行って車、あるか見て来いよ。」
「ああ、判った。」
哲平と入れ違いで知世が戻ってくる。
「玲子、もう起きてる。着替えて降りてくるって。ただ、ゆうべの事は暫く訊かないでくれって。」
「そうか。わかった。」
その後、哲平が戻ってきて、乗って来た二台のうち一台だけ無くなっていると報告する。
「琢也と茉莉だけで、先に出たってことか。でも、何処行ったんだろう。茉莉は次、何処へ行くって言ってた、知世?」
「あんまりはっきり言ってなかったと思うわ。」
「こっから次に目指す場所っていうと、南に下って襟裳岬か。もしくは北へ上って札幌かな。更に北に向かって富良野とか美幌って手もあるかな。」
「あ、そうだ。確か茉莉はここの支笏湖のロッジだけじゃなくて、阿寒湖でもロッジを予約してたみたい。」
「阿寒湖へいずれ行くつもりなら札幌よりも襟裳岬が可能性高いな。」
「私もそう思う。」
「じゃ、とにかく四人で襟裳岬まで追っ掛けるか。」
「玲子にも言って、用意するわ。」
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