ラブホ室内

妄想小説


男女六人 卒業旅行



 三十五

 優弥に続いて部屋に入った玲子は、狭くはないが決して広くもない大きさに戸惑っていた。部屋の真ん中にダブルベッドがあって、ライティングデスクのような物はあるが椅子は無い。ベッドとソファに分かれて寝る手もあるかと思っていたが、ソファは無かった。ダブルベッドの端と端に分かれて寝れば、かろうじて肌を触れあわないで寝られるかという大きさだった。
 「初めてか、ラブホテル・・・? って、だよな。玲子がラブホテル、経験済みとは思えないからな。」
 「優弥は経験あるの、こういうとこ。」
 「ああ、そりゃまあな。」
 そう言いながら勝手に冷蔵庫を開くと缶ビールを出してプシュッと開ける。
 「お前も何か呑むか?」
 「え? いい。あ、やっぱ呑む。お水・・・、ある?」
 「ペリエでよけりゃな。」
 「じゃ、それっ。」
 優弥から栓を開けて貰ってミネラル水のボトルを受け取ると、玲子はダブルベッドの端に腰掛ける。
 「なんか、落ち着かないわね。こういうところ・・・。初めて・・・だからかしら。」
 「緊張するなよ。何もしないから。先、風呂入っていいぜ。」
 「え、風呂・・・?」
 「ああ。あそこの扉がそうだと思う。」
 様子だけは見ておこうと玲子が立上って扉を開けてみると、そこには一人で入るにはどう考えても大き過ぎるバスタブに既に湯が張られている。どこから光が洩れているのか水面が妖しげな色に光っているのだった。
 あまりに経験の無い世界だっただけに、玲子は部屋の様子に圧倒されていた。

 「ビール、呑んでいいか?」
 部屋に入るなり、哲平は心を落ち着かせようと冷蔵庫を漁る。
 「あ、じゃ私も。」
 哲平と同じ部屋になることなど、想像もしてなかっただけに、茉莉も内心は狼狽えている。
 缶ビールを合せることもなく、ダブルベッドの端と端で互いに相手に翳してから口に運ぶ。
 「ぷはあ。旨いっ。やっと落ち着けたぜ。側溝に脱輪したと判った時には頭ん中がパニクッてたからな。」
 口ほどには落ち着けていないのを悟られないようにそう言って誤魔化す哲平だった。
 「さっきはごめんなさいね。」
 「ん? アミダくじのことか。あれは・・・。」
 「違うのよ。急ブレーキ踏んだことっ。本当に人が出て来たように見えたのよ。」
 「ああ、あれか。俺は茉莉の車を除けるんで精一杯だったから、あの時は判んなかったけど優弥とここに来る途中で見て、確かに人影に見えなくもないなあって思ったよ。真っ暗闇であんなのがヘッドライトに照らされてぽっと出てきたら、吃驚するよなあ。」
 「決して哲平の運転のせいじゃないわ。むしろ私の運転のせい。」
 「いや、お前のせいでもないさ。俺が先、走ってても急ブレーキ踏んだかもな。」
 「それと、アミダくじのことも。へんな難癖つけてご免ね。」
 「あ、いやあ。別に・・・。サイクリングの時と同じ組み合わせなんて、変だと思うよな。でも、優弥と同じ部屋の方が良かったんじゃなかったのか?」
 「え、どうして? 私はただ、本当にあの組合せだったのか確かめたかっただけよ。」
 「え、そうなのか。じゃ、悪かったな。アミダ、すぐに破いて捨てちゃって。何かさ、ああいうのが証拠として残ると良くないんじゃないかって勝手に思ったんだ。アミダで決めてペア決めるなんてさ。」
 哲平は相手に悟られないように慎重に言葉を選んだ。実は本当はアミダの線は追ってなかったのだ。結果を読み取った振りをしてあらかじめ決めてあった組合せを読み上げたかのように告げたのだった。だからアミダくじを見せろと誰かが言い出す前にさっと破って捨てたのだった。
 しかし実は茉莉の方も嘘を吐いていたのだった。優弥とペアになったのが許せなかったのではなく、琢也と玲子を同じ部屋にしたくないというのが本音だった。それで、哲平がくじを破り捨てるのを見て、結果を確かめさせてくれと言い出し、アミダくじを遣り直させたのだった。しかし茉莉にそんな思いがあったなどとは哲平は夢にも思わない。
 「わたし、先に風呂使うわね。」
 呑み残している缶ビールをテーブルに置くと、ベッド脇にあるバスローブを取ってバスルームに向かう茉莉だった。

 琢也にとっても知世がその夜のペアになるというのは意外だった。それぐらい旅行中は茉莉のことか玲子のことしか考えていなかったからだ。最初のくじで知世が哲平と同じ部屋になって、(ああ、よかった)と思ったぐらいだった。そして自分が玲子と同じ部屋と告げられて、(ああ、これが運命なんだ)と自分に言い聞かせたぐらいだった。だから茉莉がくじの遣り直しを要求した時は、(なんで?)と思ったのだった。琢也は哲平が何か操作をしたとは露も疑っていなかった。しかし自分がサイコロの目と同じだからと言ったにも関わらず、冷静に考えてみると、サイクリングの時と同じ組み合わせになるというのは出来過ぎている気もしてくるのだった。
 「僕と一緒の部屋になっちゃってごめんね。」
 「あら、どうして? 別に琢也のせいでもないし、琢也と一緒になったから損したとも思ってないわよ。」
 「そっかあ。いや、哲平のほうが気安いんじゃないかと思ってさ。」
 「そりゃ、哲ちゃんのほうが昔からよく知ってるから・・・。でも逆に二人っきりで部屋に一緒になったらどうなんだろう・・・。」
 「どうなんだろう・・・って?」
 「そんな事、考えてもみなかったから。」
 「ふうん、そう。」
 しかし知世も嘘を吐いていた。最初に哲平が組合せを読み上げた時、昼間しそびれたことのリベンジの機会がやってきたと思ったのだ。しかしそれは束の間の夢となってしまった。

知世

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