妄想小説
男女六人 卒業旅行
十六
「わあ、凄い眺めだわ。」
茉莉は琢也を置いて、目の前のガラス張りの展望台デッキの方へ小走りに向かっていくのだった。琢也は慌ててその後を追うのだった。
「ほら、あれっ。あそこに見えるの哲平たちじゃない?」
追いついて自分の横に立つ琢也に向って窓に額をくっつけるようにして下を見下ろしていた茉莉がそう呟く。
茉莉に言われて琢也も下を見下ろしてみると、人が豆粒ほどにしか見えない中に赤い車から降りてきた三つの人影を見つける。
「確かにあれは哲平たちだな。どっかで迷ったのかな・・・。」
車を降りた三人が等間隔でタワーのほうへ向かっていた。そのうちの一つの点がもうひとつの点に近づいて行く。それは優弥と玲子であることに琢也は気づいていた。
「なあ、玲子。折角だからさ。ここで記念写真撮っていこうぜ。」
突然自分の肩に載せられた優弥の腕に玲子はどぎまぎしている。嘗ての同級生とはいえ、フォークダンスぐらいでしか手を繋いだこともない。それが肩に載せた手でぐっと引き寄せられる。
「哲平っ。写真、撮ってくれよ。一緒のとこさ。」
「おっ・・・。あ、ああ。いいよ。ちょっと待って。じゃ、撮るよ。はいっ、チーズっ。」
玲子は出来るだけ微笑んだつもりだったが、顔は引き攣っていなかったか不安になる。初めて男性に肩を引き寄せられて、全くの心の準備が出来ていなかったのだ。
(優弥はいつも平気でこんなふうに女性を誘っているのかしら・・・。)
手を離された今もまだ優弥の感触が肩から消えていなかった。
「哲平、お前も一緒に写って貰えよ。」
「お、俺っ・・・? ああ、俺はいいよ。」
ついそう言ってしまった哲平だったが、言ったあとからもう後悔し始めていた。
(玲子と一緒に写真を撮るチャンスなんてそうそうないかもしれなかったのに・・・。)
しかし優弥が何気なく言った(撮って貰え)という言葉は引っ掛かっていたのだ。玲子が(哲平も一緒に写って)と言ってくれれば素直に笑顔で横に並べたかもしれなかった。
(所詮、俺は写って貰う存在なのだな・・・。だって玲子は湘東第一中で一番の高嶺の花だものな。)自虐的についそう考えてしまう哲平なのだった。
「あいつら、突然肩なんか組んで何してるんだろ。」
タワーの上から三人の様子をずっと伺っていた琢也がぽつりと口にする。
「あら、妬いてるんじゃないの? 優弥と玲子のこと。」
横から意地悪そうに茉莉がそう口にする。
「そんなんじゃないさ。優弥って、ああいうところ、あるからな・・・。」
そんな琢也の手が伸びてきた茉莉の手にぎゅっと握られる。
「さっきはごめんね。あそこでしちゃうともう後戻り出来なくなっちゃいそうだったの。」
茉莉は突然琢也には意味不明の言葉を発した。
その時、チーンと音がして次のエレベータが登ってきて扉が開く音がする。
「茉莉ーっ。もう、置いてかないでよお。」
知世が琢也と茉莉の方へ走り寄ってくる。
「ああ、知世。なあ、あいつらも今到着したみたいだよ。」
窓の下を指差しながら琢也が知世に呼びかけると、知世も近づいてきて下を見下ろす。
「うわっ・・・。すごく高いのねぇ。あんなに小さく見えるっ。あ。あれっ、玲子ね。あ、哲平もいる。そして、あれが優弥なのね。」
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