美人女医と看護師に仕組まれた罠
八
「あれっ、磯部さんじゃないですか。どうしたんですか、こんなところに一人で・・・。」
廊下の柱の陰で日菜子が現れるのを待っていた磯部留男は、日菜子が近づいてくるのを見て待ち構えたように姿を現す。
「ああ、看護婦さん。よく儂の名前がわかったね。」
「ええ。だって回診の時にカルテとお顔を照合して、一生懸命憶えたんですよ。お一人で大丈夫なんですか?」
「ああ、今トイレに行って帰ってきたとろ。ほら、リハビリーのトレーナに一日に一度くらいは自分の脚で歩かないと筋肉が落ちてしまうからって言われてて・・・。」
「そうなんですね。でも、お一人だと危ないですよ。転んだりすると怪我するから・・・。」
「ああ、そうそう。往きは調子良かったんだけど、帰りになったら妙に足許がふらついてね。」
「え、大丈夫ですか。」
日菜子は心配そうに留男の肩に手を回す。
「ゆっくり。ゆっくりでいいですからね。」
「ああ、ありがとう・・・。あっ。」
留男は急にバランスを崩したように膝を折って倒れ掛かる。それを日菜子が慌てて抱き留めるように身体を支える。
「あ、すまん。ちょっとまたふらっとしてしまって・・・。」
「磯部さん。肩貸しますから、私に摑まってっ。」
留男は床に倒れ込みそうになるのを必死で日菜子にしがみつこうとする。しかしその手はしっかりと狙いを定めて日菜子の無防備な胸のあたりを鷲掴みにしていた。
(きゃっ。)
ナース服の上からではあったが、乳房の辺りを掴まれて思わず声を挙げそうになる日菜子だったが、突き放す訳にもゆかず、留男の後頭部を支えてゆっくりと留男を床にしゃがませる。その間、留男の手はしっかりと日菜子の乳房辺りを掴んで離さなかった。
留男が日菜子に支えられながらゆっくりと床に尻もちを突くようにしゃがみこむのを確認してから、日菜子は胸元をしっかりと握りしめている留男の手を引き剥がす。
「今、車椅子を持ってきますからこのままじっとしていてくださいね。」
日菜子はさっと立ち上がって車椅子を探しに廊下を走っていく。その様子を少し離れた場所からこっそりとずっと覗いていたのは、芦田権蔵と川谷吾作の二人なのだった。
「留男の奴、うまいことやりやがったな。日菜子ちゃんの胸を鷲掴みとはな・・・。」
「足許がふらつくなんて、ちゃんと歩けるくせしてうまい嘘吐きやがったな。畜生め・・・。」
留男が首尾よく若い看護師の胸元を触ったのを目の当たりにして、二人はそれぞれに悪態を吐くのだった。
「磯部さん、大丈夫ですか。車椅子、持ってきましたよ。」
背後から日菜子に声を掛けられた留男はもう一度しがみつこうと伸ばされた手を引いて身体を抱き寄せようとして、自分に手を伸ばしてきたのは古参のヘルパーの一人、塩谷信代だと気づいてぎょっとして身体をこわばらせる。日菜子は塩谷の真後ろに心配そうに立って覗き込んでいたのだった。
「なんだ、信代。お前かよ。ちぇっ・・・。」
「私で悪かったわね。留男ちゃん。さ、自分で立てるんでしょ。車椅子にお乗りなさいな。」
ヘルパーの信代に急かされて、渋々自分で起き上がって車椅子に乗り込む留男なのだった。
車椅子を探して介護ヘルパー達が待機するスタッフルームに飛び込んできた日菜子を迎えたのは最年長の介護ヘルパーの塩谷信代だった。
「どうしたの、日菜子ちゃん?」
「あ、信代さん。廊下で歩けなくなっちゃった人が居て・・・。車椅子、ありますか?」
「え、誰なの? 歩けなくなっちゃったってのは・・・。」
「磯部さん。磯部留男さんです。」
「ふん、あの爺さんかあ。」
日菜子は信代が鼻で笑ったのを見逃さなかった。
「いいわ。私が行くからアンタは後からついて来なさいな。」
そうして日菜子は車椅子を押していく信代の後からついて行って留男に声を掛けたのだった。
留男を部屋に送り届けた後、車椅子を戻しに行く信代と並んで歩きながら日菜子は信代から注意を受けるのだった。
「いいこと、日菜子ちゃん。年寄りだからって男達には油断しちゃだめよ。男は齢を取ったって頭ん中はエロいことばかり考えてるんだから。特に要注意はエロ爺三人組。」
「え、エロ爺…三人組? 誰ですか、それって?」
「ふふふ。そのうちすぐに分かるわよ。」
信代は具体的な名前は挙げなかったのだった。
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