シゲ子

美人女医と看護師に仕組まれた罠




 十二

 「桜井さん。それじゃ夕食代わりの夜食、ここに置いておきますね。私たちはこれで今夜は帰りますので。」
 当直室に入った日菜子のところへヘルパー長の津川シゲ子が夜食のトレイを持ってやってきた。しあわせ特別養護センターでは当直をする医療従事者に配膳室から夜食が届けられるのだ。スタッフたちが帰宅してしまった後は、当直医療従事者一人だけになるので緊急ナースコールが入ってくる当直室を離れられない。その為に夕食代わりの夜食が届けられるのだった。その日、日菜子が頼んだのはハンバーガーとミルクセーキだった。
 「あ、シゲ子さん。ありがとうございます。お疲れ様でした。」
 シゲ子たち最後のスタッフが帰ってしまうと、老人ホーム内はスタッフは日菜子一人きりになってしまう。30人ほど居る入所者の面倒は独りでみなければならないのだ。とは言っても、夜勤では緊急事態が起きないかぎり、介護も診療もない。夜間の見回りも警備室の警備員が行うので夜間の巡回も不要で、当直者はただ当直室で滅多に無い緊急コールが来ないか待機しているだけなのだった。それでも日菜子は当直最初の日は不安で、当直室に篭る前に所内の様子を見に一巡だけしておくことにした。

 しあわせ特養の当直夜勤は、二人だけの専属医療スタッフである明日香医師と看護婦である日菜子の他は、これまで飛鳥井総合病院と掛け持ちだった鬼塚医師、飛鳥井総合病院と提携関係にある朝日大学医学部から派遣される研修医数人の間で週一回だけ当番が廻ってくるのだ。その日は明日香と日菜子がしあわせ特別養護センタに派遣されてきて初めてになる日菜子の当番の日なのだった。

 最後のスタッフである津川シゲ子が帰った後は、老人ホーム内はしいんと静まり返っている。消灯時間は過ぎている為、所内を立ち歩くような入居者も居ない。日菜子が廊下を歩くコツコツという足音だけが響いていた。

明日香

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