美人女医と看護師に仕組まれた罠
二十六
夕刻、鬼塚医師は特別養護センターのスタッフたちが帰宅し始めた後、その夜の当直の明日香が当直室へ入るのを自分専用の特別室に設置させたモニターで当直室に仕掛けた監視カメラからの映像をずっと監視していた。
見られているとも知らない明日香は仮眠用のベッドに腰掛けて休んでいたが、何時呼び出しコールが掛かってもいいように白衣は着たままだった。やがてベッドサイドに設けられた事務机で入居老人たちのカルテの整理を始めるのだった。
明日香が入室して一時間が経過した頃、センター内に明日香以外のスタッフは居なくなったのを確認してからいよいよ鬼塚はその日の計画の実行に入ることにした。
当直室に入った時から空気が妙に乾燥しているのに気づいていた明日香だったが、当直室は専用の空調設備で温度、湿度ともに自動管理されていると所長の後藤から聞かされていたのであまり気にしないでいた。やがて室内に設えられている大型の空調機が静かな音と共に加湿器の作動が始まったので自動空調はちゃんと作動しているのだと知って安心した明日香だった。しかし実はそれが鬼塚の企みのひとつであるなどとは思いもしないのだった。
明日香しか居ない室内に次第に満ちてくる加湿ミストは、実は鬼塚が事前にセットしておいた麻酔薬が仕込んであるものなのだった。気づかれないように濃度は低めに設定してある為、薬が効いても軽い効き目しかない筈だが、麻酔医の経験もある鬼塚には明日香に転寝をさせるだけの効き目は確実にあると確信していた。
やがて、事務机でカルテの整理に没頭していた明日香の頭がときどきガクッと動き始める。しかし異変には気づいていないようだった。
(あともう少しだな。)
モニタ画面で明日香への麻酔薬の効き具合を確認しながら鬼塚は加湿器に仕込んだ麻酔薬の放出を開始してからの時間をストップウォッチで確認する。
その数十秒後にとうとう明日香は机の上に突っ伏して寝込んでしまう。その姿をモニタでしっかりと確認してから、鬼塚は空調機のスイッチを強制換気に切り替える。証拠が残らないようにする為と、その後忍び込ませる権蔵が麻酔薬を吸ってしまわないようにする為だ。
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