明日香思案

美人女医と看護師に仕組まれた罠




 四十一

 その日、明日香は回診予定もないので独り診察室横の控室に篭って鬼塚医師や川谷吾作から聞いた話を思い返して頭の整理をしていた。
 (芦田権蔵がバイアグラを使ってそのせいで心筋梗塞を起こした・・・。だとすると、あの夜の事はやはり夢ではなくて現実の事だったのだわ。)
 明日香は夢だと思っていた自分の前に現れた権蔵の股間があの齢の老人としては異様なほど強勃起して屹立していたのをはっきりと思い出す。
 (あの時、事前に何らかの方法で眠らされて裸にされて縛り付けられた上で、眠りから醒めるのを待って私を犯しに来たのだわ。)
 そう確信してくると、芦田権蔵がバイアグラを使ったのは間違いないように思われてきた。
 (そうだ。芦田さんは一度バイアグラを処方して欲しいと言ったのだった。でも私ははっきり心臓の基礎疾患があるから駄目だと言った筈・・・。だとするとどうやって・・・。)
 その時、もう一つの事実を思い出す。
 (あの後、芦田さんは日菜子ちゃんに睡眠導入剤が欲しいと言ったんだわ。それで私が処方箋を書いて・・・。あ、いや。違う。在庫の睡眠導入剤が分からないから日菜子ちゃんに署名だけして薬品名を記入していない処方箋の紙を渡したのだった。もし、日菜子ちゃんがそれに睡眠導入剤ではなくて、シルデナフィルと記入して薬剤庫に取りに行ったのだとすると・・・。でも、何故そんな事を。)
 その時、鬼塚医師が言っていた『芦田氏は若い看護婦に自分の言う事を何でも聞かせることが出来るんだって豪語していた』と入所者の誰かが言っていたという話と、川谷吾作に聞き込みをした際に明らかに川谷は何かを隠している風だったことを思い出したのだった。
 (やはり芦田さんは日菜子ちゃんの過去の何かを握っていて、それで脅してバイアグラを入手させたのだろうか・・・。そうだ。うちの薬品庫に行って過去の処方箋を調べればきっと分かる筈だわ。)
 そう思いつくと居ても立ってもいられなくなり、しあわせ特養センタの薬品庫を訪ねた明日香だった。

 「過去の処方箋控えですか。ええ、ありますけど。どなたのですか。」
 薬品庫の事務員に過去の処方箋控えのファイルを要求した明日香だった。
 「あの、亡くなった芦田権蔵さんのなんですけれど。」
 「ああ、芦田さんね。芦田さんのだったらもうありませんよ。後藤所長に言われて全部廃棄しましたから。」
 「え、何ですって。全部廃棄?」
 「ええ。だってもう入所者ではありませんから。」
 「そ、それは、そう・・・ですが。」
 (まさか、後藤所長が揉み消しの為に・・・?)
 明日香は内偵調査をしているという鬼塚医師に連絡を取ってみることにした。

 「済みません。お忙しいところをお時間を取って頂いて。」
 「あ、いや。明日香先生、今日はちょうどこちらを来所する予定がありましたから。」
 「そうですか。あ、それで例の内偵調査の件ですが・・・。あれから進展がありましたでしょうか。」
 そう明日香に問いかけられて、鬼塚はどう返答しようか考えている風だった。
 「あの、私・・・。考えたのですが、過去の処方箋のファイルを調べたら何か分かるんじゃないかと。でも、芦田さんのものはもう全て廃棄済みだと言うんです。それも後藤所長の指示で・・・。」
 「ふうむ。さすが明日香先生。もうそこまで気づきましたか。いや、実は後藤所長に芦田さんの過去の処方箋は廃棄した方がいいと進言したのは私なんですよ。」
 「え、何ですって。ど、どうして・・・?」
 「この件は明るみに出さないほうがいいかと思いましてね。」
 「じゃあ、鬼塚先生は中身を、芦田さんの処方箋記録を読まれたのですね? で、そこには?」
 「貴女の想像されてる通りですよ。貴女、彼女に薬品名が未記入の処方箋をサインだけして渡しませんでしたか?」
 「うっ、そ、それは・・・。」
 「私もこの件を公表するか、実は迷っています。飛鳥井総合病院グループ全体の信用に関わることですからね。それにあの若い看護師の将来も掛かっている・・・。あの処方箋ファイルは表向きは廃棄されたことになっている。しかし私は念の為、肝心の処方箋だけ写真を撮ってデータとして残してあるんですよ。」
 「ど、どうされる・・・おつもりなんですか?」
 「それを悩んでいる訳です。」
 「鬼塚先生。日菜子ちゃんがシルデナフィルと書き込んでバイアグラを芦田さんに渡したのだとしても、日菜子ちゃんは脅されてやったという可能性が高いんです。実際にバイアグラを服用したのは芦田さんで、それもご自身が要求されたものです。心筋梗塞の原因を作ったのは芦田さん本人ではないですか。それももう亡くなられてしまっていて確かめようもないんだし・・・。」
 「つまり明日香先生は、この私にもう無かったことにしろと仰ってるんですね。」
 「日菜子ちゃんの将来を考えれば・・・。」
 「日菜子ちゃんと何とか救いたいという明日香先生の気持ちも分からんではありません。でもその秘密を握っていることは私にとってもリスクになります。そのリスクを私に負えと言うのであれば、私にも条件があります。」
 「じょ、条件・・・と言いますと?」
 「貴女にもリスクを負って頂くということです。」
 「私もリスクを負う・・・?」
 「貴女にも人には知られたくない秘密を持って貰って、その証拠を私が持つということです。」
 「ど、どうすればいいのですか?」
 「貴女には一晩、私の言うなりになって頂くのです。一晩、何でも言うことを聞けば、この件は貴女のお望み通り公開はせずに闇に葬ります。」
 条件を出した鬼塚はニヤリとほくそ笑む。
 「ち、ちょっと考えさせてください。」
 鬼塚の元を辞した明日香は所内を川谷の姿を探して駆け回ることになる。

明日香

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