美人女医と看護師に仕組まれた罠
五
「芦田権蔵さーん。検温のお時間ですよぉ。」
病室に入ってきた権蔵は、突然の明るい声に振り向いて、看護師の日菜子が検温に廻ってきたのを知るとすぐに相好を崩す。
「おお、噂をすればってやつだな。あんたが新しく来た・・・、確か桜井・・・、日菜子ちゃんだったよね。なるほど・・・。ほんとに可愛いな。」
「あらっ、可愛いだなんて・・・。おせじでも嬉しいでぇーす。まだ新米なんですよぉ。宜しくお願いしますね。」
「いやいや。おせじなんかじゃあるもんか。それにしても若いってのは、いいねえ。あの鬼塚先生が連れてくる看護婦はもう、薹が立ってるのばかりだったからなあ。」
「あら、駄目ですよ。先輩の看護師さんのこと、そんな風に言ったりしちゃあ。検温しますので、胸元をはだけて、体温計を差し込んでくださいっ。」
「なあ、看護婦さんよぉ。あ、日菜子ちゃんだっけ。」
「ああ、日菜子でいいですよ。で、何ですか?」
「俺なあ。体温計って苦手でさ。どうもうまく挟めないんだよ。ちょっとやってくんねえかなあ。」
「あ、いいですよ。じゃあ、脇の下。こう、腕を持ち上げて開いてくださいな。」
日菜子は権蔵が胸元を開いて脇を開くので、ベッドサイドから身体を伸ばして体温計を挿し込もうとする。
「はいっ。あ、まだ駄目ですよ。脇を開いちゃあ・・・。」
権蔵が体温計を挟めたと思った瞬間に脇を開いてしまったので体温計を権蔵の寝間着の奥に取り落としてしまう。
「もう・・・。ちょっと失礼しますね。」
日菜子が寝間着の奥から体温計を拾い上げようとしたその時だった。
「うわっ・・・。こ、こそばいよっ。」
突然、権蔵が嬌声を挙げる。しかし、その瞬間日菜子の方も声を挙げそうになっていた。
権蔵が声を挙げた瞬間に、日菜子はお尻の後ろを誰かが掴むのを感じたのだった。
「あ、あの・・・。いいですか? 私が体温計をゆっくり脇の下に差し込みますから、ゆっくり脇を閉じてそのままじっとしててくださいね。いいですか。はいっ、ぎゅっと脇を閉めてっ。はいっ、そのまま・・・。」
今度はお尻には何も感じずにうまく体温計を権蔵の脇に差し挟めたようだった。
(いやだわ。芦田さんたら、私が体温計を取ろうとして脇腹に手が触れたもんだから慌てて手を動かしちゃったんだわ・・・。)
しかし、日菜子のお尻にはぎゅっと掴まれた時の感触がまだ残っていたのだった。そしてその感触は掴んだ張本人の権蔵の指先にも残っていた。
(ふふふ。やっぱ、若い子のお尻はふっくらしてて感触いいなあ。)
権蔵はどさくさに紛れて日菜子のお尻を触れたことですっかり気をよくしていたのだった。
「はいっ、芦田さん。36.2度です。お熱は平熱のようですね。午後は如月明日香先生の回診がありますから。ヘルパーさんに車椅子に載せて貰って診察室までいらしてくださいね。」
「如月って、新しく来たっていう美人の女医さんかね。」
「そうですよ。確かに美人ですよね、如月先生。」
「うふふふ。楽しみだなあ。」
「それじゃ、また午後に。芦田さん。」
日菜子が権蔵の病室を出ると、入れ替わりのようにシーツ交換をするヘルパーがやってくる。しあわせ特別養護センタのヘルパーは殆どが年配の女性で、日菜子と同年代の人は殆ど居ない様子だった。
「ああ、新しい看護師さん。大丈夫だったかね?」
「え、大丈夫って・・・?」
「いや、ね。芦田さんのことだから、お尻でも触られなかったかと思って。」
「え? あ、いや・・・。だ、大丈夫ですよ。それじゃお願いします。」
そう言って入れ替わりで病室に入っていくヘルパーを残して次の病室に向かって進んでいく日菜子だったが、心は動揺していた。
(あれって・・・。あの時、やっぱりお尻を触られたんだわ。脇腹を触られて驚いた振りをして咄嗟にお尻を触るだなんて・・・。まったく、油断も隙もないんだから。)
それが日菜子が初めて受けたし特別養護老人ホームでの洗礼なのだった。
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