日菜子直談判

美人女医と看護師に仕組まれた罠




 三

 「あら、日菜子さん。どうなさったの、そんな恐い顔してっ。」
 突然、理事長室をノックして凄い剣幕で乗り込んできた看護師の日菜子を見て、理事長の公子は顔を上げる。
 「飛鳥井理事長っ。如月明日香先生がうちの系列の特別養護老人ホームの専属医に出向になるって、どういう事ですか? 明日香先生は左遷されるってことなんですか?」
 「え、左遷・・・? 違うわよ、日菜子ちゃん。左遷だなんて・・・。誰がそんな事を。明日香先生には暫く本来の専門じゃないところでも経験を積んで頂く為よ。」
 「本来の専門じゃないところで経験・・・?」
 「日菜子ちゃん。これはまだ決定事項じゃないので内密にしておいて欲しいんだけど・・・。実はね、私は明日香先生にこの総合病院の医局長になって貰うつもりなの。これは私の理事長としての固い決意よ。明日香先生に医局長になって貰うことでこの病院を真に女性医師を含め、すべての女性医療スタッフが働き甲斐を持ってのびのびと仕事が出来る環境づくりをしたいの。かねてからの私の願いだし、ここの理事長を引き受けることにした一番の動機なのよ。でも、明日香先生はまだ若いし、経験も幅広くない。男性医師たちの中には反発する意見を持つ人も少なくないわ。それでね。明日香先生には暫くの間、本来の専門の内科病棟以外のところでも、そしてそれが専門外の分野であっても、今と同じように手腕が発揮出来るってところを実績として見せて欲しいと思ってるの。」
 「それが、老人ホームの専属医・・・なんですか?」
 「老人ホームは専属の医者は少ないの。今はうちの鬼塚先生が掛け持ちで通っているだけ。でも老人医療は範囲が広いわ。勿論、ホームからの要請があれば病状毎にうちの専属スタッフを派遣できるわ。でもすべての専門医を張り付ける訳にはゆかないわ。だから、一人でこの人はどんな専門医が必要かを素早く診断して判断出来る多方面に有能の人材が必要なの。わたしは明日香先生ならそれが出来ると思う。それに実績としてそれが認められれば理事会で私がこちらの総合病院の医局長に推薦しても誰も反対は出来ないわ。」
 「で、でも・・・。明日香先生ひとりにいろんな病歴の老人を押し付けるだなんて・・・。」
 「押し付ける訳じゃないわ。うちの病院からも万全の支援をするわ。だけど最初の初動診察は、専門外の医療であっても診てあげれて本当に必要な治療がどんな分野なのかを見つけ出してこちらの病院に要請をしてくれる高い医務能力を持った人材が必要なの。それが出来るのは明日香先生しかいないと思うの。」
 「そ、そう・・・なんですね。わかりました。でも、だったら明日香先生一人じゃなくて私も一緒に派遣してください。私、明日香先生の手足になって先生の実績発揮に少しでも貢献したいんです。お願いしますっ。」
 「そうねえ。貴女、たしかずっと明日香先生について看護師の仕事を学んでいたんだったわね。私も明日香先生一人だけで派遣するのはちょっと心許ない気もしてたの。貴女が一緒に行ってくれるのだったら、私も安心だわ。」
 「いいんですか? 私、明日香先生とずっと一緒に仕事がしたいんです。」
 理事長の公子は、少し思案してから日菜子を近くに呼びよせ小声で耳打ちするのだった。
 「いい、日菜子ちゃん。よく聞いて。実はこの病院内には私の方針に対して反対勢力も居ないわけではないの。あの特別養護老人ホームだって、うちの系列ではあるんだけど、反対勢力の息がかかった人も居なくはないの。明日香先生ひとりだけだと、何かと嫌がらせとか足を引っ張るようなことをする人も出かねないとも思っているの。日菜子ちゃん。貴女が明日香先生の下で医療スタッフとして働いて貰えるのはとても心強いことなんだけど、実は他にもお願いしたいことがあるの。反対勢力から明日香先生に何か妨害のようなことがあったらこっそり私に知らせてほしいの。どう、出来る?」
 「妨害…行為を知らせる? す、スパイみたいなことですか?」
 「スパイじゃないわよ。明日香先生に極力一緒についていて、何か変だなと思うことがあったらすぐに私に知らせに来て欲しいの。」
 「わかりました。どこまで私で出来るかわかりませんが、明日香先生と理事長の為になることでしたら、出来る限りのことはさせて貰います。」
 「そう。じゃ頼んだわよ。」
 日菜子は少し安心して理事長室を後にしたのだった。

明日香

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