美人女医と看護師に仕組まれた罠
四十
日菜子が所長室を出て医療スタッフの控室に戻ろうとしていた途中で、車椅子に乗る磯部留男の姿を見かける。日菜子は思い切って留男に近寄ってみることにした。
「磯部さん。何処かへ出掛けるところですか?」
「おや、日菜子ちゃん。いや、ちょっとリハビリ訓練で少し歩行練習をしようと思ったんだけどまた足許がふらついてね。それで車椅子にして庭でも散歩してみようかなと思ってたところなんだ。」
「でしたら私が車椅子を押しますので庭の方を少し散歩しますか?」
「え、そうしてくれるのなら嬉しいねえ。」
日菜子は留男を車椅子の散歩に連れ出して、何か情報がないか聞きだしてみようと思ったのだった。
老人ホームの庭は広々としていて建屋から少し離れると話し声は誰にも聞こえない筈だった。庭の木陰の遊歩道に車椅子を乗り入れたところで日菜子は慎重に切り出してみる。
「磯部さんは亡くなった芦田さんとは親しかったんでしょ?」
「ああ、そりゃいつもつるんで昔話とかしてたからな。齢が同じくらいなんで話が合うからね。」
「へえ、そうなんですね。そう言えば、芦田さんは明日香先生のことをよく知ったんですってね。」
「え、どこからそんな話を・・・?」
「あれっ、やっぱりそうなんですね。何かこの間、明日香先生と芦田さん。お二人だけで何か相談されていたので・・・。」
「うっ・・・。そ、それは・・・。あ、いや。僕はその辺の事はあまりよく知らないので・・・。」
日菜子は留男が急に口が重たくなったように感じた。それに狼狽えている風さえ感じられたのだった。
「芦田さんは私たちが知らない明日香先生のことを何かご存じだったのじゃないかな・・・なんて、そんな気がしたんですよ。」
「そ、そうかい? あははは。そんなこと、あったのかなあ・・・。」
日菜子は留男が何かを知っていて誤魔化していると感じ取っていた。しかしそれ以上はどう切り出していいか何も策を思いつけなかったのだった。
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