美人女医と看護師に仕組まれた罠
六
「じゃ、お次。えーっと、川谷さーん。川谷吾作さん。診察室へどうぞ。」
日菜子は廊下に出ると、午後の回診で順番待ちをしている老人たちの中から手を挙げた老人の元に歩いていって車椅子を押して明日香が待つ診察室へ川谷吾作を連れていく。
「ほう、アンタが新しい如月先生かね。噂どおりの美人だねえ。」
「あら、そんなお世辞は要りませんよ。川谷さん。川谷吾作さんですね。」
「ああ。先生、こっちへは臨時で?」
「い、いえ。当面はこちら専任で勤めさせて頂くことになっています。」
「そうかね。それは嬉しいこった。なんせあの仏頂面の鬼塚先生と、いつも連れて来る年増の看護婦には飽き飽きしてたんだよ。やっぱ、若い美人の女医先生のほうがいいわなあ。あ、君もだよ、看護婦さん。」
そう言って吾作は振り向きざま、車椅子のハンドルを握っている日菜子の手の上に手を載せようとするが、一瞬早く日菜子がその手を離して遁れる。
「駄目ですよ、川谷さん。先生とか看護師を選り好みしちゃ。私たちだって、何時までこちらにお世話になっているか分からないんですから。」
「そ、そうなのか。たしかこっちが専属になったって聞いたんだが。」
「当面はそうですけど。ね、明日香先生?」
日菜子の言葉に明日香は笑みを浮かべただけで、はっきり返事をしなかった。
「うーん、川谷さん。このところ、ちょっと血圧が高めですねえ。」
明日香が川谷の検診記録表を繰りながら眉間にしわを寄せて話す。
「え、血圧が高い・・・? そんな筈はなかろう。ちょ、ちょっと見せてくれんかね。」
川谷が不審そうな顔をして首を傾げているので、明日香は手にしていた検診記録表をクリップボード毎、川谷の方へ差し出す。
「ご自分でご覧になって見てください。ほら。あっ・・・。」
明日香が受け取ったと思ってクリップボードから手を離した瞬間にそれは川谷の手から滑り落ちて床に転がる。
「あ、済まん。すまん。」
申し訳なさそうに、車椅子から手を伸ばして床に落ちたクリップボードを拾い上げようとするが川谷の手は届かない。
「あ、いいですよ。私が拾いますから。」
そう言って明日香が椅子から立ち上がって床のクリップボードを拾い上げようと腰を屈める。その一瞬を逃さず、川谷の視線がしゃがんだ明日香の膝の奥に注がれる。
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