妄想小説
思春期
九
その日の事を思い返していたのは琢也だけではなかった。偶然、職員室に繋がる廊下で琢也に再会した智花の方も、最終学期始めの学級委員選挙の日、そしてその前日、妹の麗花がパンツを下ろされてしまった日の事をすぐに思い出したのだった。
「お姉ちゃん。何、そんなにぼおっと考えているの?」
何に掛けてもあっけらかんな性格の双子の妹、麗花はスカートの中に手を突っ込まれてパンツを下ろされてしまい大泣きをした後だったというのに、何事もなかったような顔をしている。それに対して、その妹を救った姉のほうは物憂げに塞いだような顔をしている。
「えっ? 何よ、麗花。あんな目に遭ったっていうのに、もう平気な顔をして。あんなに泣いてた癖に。」
「だって、あれは演技もあるのよ。男なんてバカだから、泣いた振りするとすぐに大丈夫なんて声掛けてくるもん。」
「えっ、あれは演技だったの。」
「だから、演技もあるって。お姉ちゃんなんか、あんな怖い顔して睨みつけているから男達が怖がっちゃってお姉ちゃんには声も掛けてこないでしょ?」
そう言われて、姉の智花はぐさっと心を刺されたような気がしたのだ。
(だから、あの人も声かけてもくれないのかな・・・。)
智花には以前から意中の人がいた。それはいつも学級委員に選ばれる琢也なのだった。スポーツの得意な他の人気男子と違って、いつもクールで女の子等からちやほやされることもない。そこが智花が気にいっている理由のひとつでもあった。がり勉タイプでもないのに、成績はいつも上位の方だった。そこが妬まれているのか学級委員を押し付けられるらしかった。
智花は副でいいから琢也と一緒に学級委員になってみたいと思って勉強を頑張っていた時期があった。勉強が嫌いな妹の麗花と違って、智花のほうは勉強は得意な方だった。それでもクラス一番の才女である増田千春には一度も勝つことが出来ない。クラスの副学級委員の常連は千春の方だったのだ。あの最終学期の選挙でも千春が琢也と一緒に学級委員に選ばれたのだった。
「ねえ、お姉ちゃん。誰か、好きな人いるんでしょ。」
いきなり妹から図星を指されて智花は狼狽える。
「お姉ちゃんの事だからどうせ、好きな人から振向いて貰えないとか悩んでいるんでしょ。」
「そ、そんな事・・・。」
そう言いながらも智花は自分の顔が真っ赤になっているんではと不安になる。
「男なんてチョロいもんよ。振向いて貰おうと思ったら、ちょっとパンツでも見せてやればいいのよ。そしたらイチコロよ。」
何でもあけすけに喋る妹を、まったく違う動物を観るかのような目で見つめてしまう。双子であるのに、それだけ妹とは性格が違うと智花はつくづく思うのだった。
そして迎えたその翌日の学級委員の選挙の日、智花はその候補に選ばれることもなく、常連のように候補になる琢也とライバル視している増田千春の票がどんどん積み上がっていくのを溜息を吐きながら聴いていた。真っ直ぐ黒板の方を向いているのも馬鹿らしく感じられて智花は琢也が座っている真横の向いて座って首だけを黒板に向けていた。その真横の琢也もつまらなそうに自分の背後の窓の外の方をずっと向いている。その時、ふっと智花の頭に妹の麗花の言葉が浮かんできたのだった。
『男なんてチョロいもんよ。振向いて貰おうと思ったら、ちょっとパンツでも見せてやればいいのよ。そしたらイチコロよ。』
(本当にそんなものかしら・・・。)
妹の言うことなんか信じていいのかという疑いを抱きながらも、琢也がこちらの方を向いているチャンスを逃したくなくて智花は踵を椅子の上に引き上げて体育座りをしたのだった。
(こっちを見ているかしら。)
智花は確かめたくて仕方なかったのだが、琢也と目が合ってしまうことが怖くて黒板の方から視線を外すことが出来なかったのだ。
結局、その日、新しい学級委員には琢也と増田千春が決まり、その後琢也が智花の方に声を掛けてくることはなかった。それを智花は自分が迂闊に妹の口車に乗っかって、はしたない格好を琢也に見せてしまったせいだと自分を責めたのだった。智花はてっきり自分は琢也に嫌われてしまったと思い込んでいたのだ。
そしてやってきたのが山岡からのクリスマスパーティの誘いだった。山岡は実際自分が好きな方の麗花には直接声を掛けることが出来ずに、姉の智花の方へ声を掛けたのだった。それも、琢也が智花をパーティに誘ってくれと頼まれたので、一緒に妹も呼んで四人でパーティをすることにしないかと持ちかけたのだった。琢也が自分を誘ってくれたのだと思い込んだ智花は有頂天になり、何としても麗花を誘いこんでパーティをしようと心に決めた。それははしたない格好で琢也を誘おうとした最後のチャンスとなるリベンジでもあったのだ。
しかし智花のその思いも、山岡の密かな企みも全て裏目に出てしまう。妹の麗花は自分が声を掛けられずに、姉の方に山岡がアプローチしてきたことで姉に嫉妬してしまったのだ。小さい頃から男の子から声を掛けられるのは姉ではなく自分のほうと決まっていた。それが姉に対する唯一の優越感でもあったのだ。山岡が恥ずかしさから本命だった妹の自分の方に声を掛けられなかったせいだとは思いもしない麗花は、パーティを潰す策略に出たのだ。
心待ちにしている姉の手前、自分がパーティに出るのが嫌なのだとは言わず、男女間の交際にはうるさい母親に男の子が自分と姉にこっそりパーティに来ないかと誘ってきたのだがどうしたらいいだろうと、姉の了解も得ずに告げ口したのだ。当然のことながら母親は激怒し、山岡の親に怒鳴り込んでパーティの計画は御破算になってしまったのだった。
そんな苦い思い出もあって、久々に中学の職員室前で琢也に再会した時に、琢也が見せた素っ気ない態度にてっきり自分を嫌っているのだと再認識してしまった智花なのだった。
次へ 先頭へ