ぶら下り降り2

妄想小説

思春期



 五十七

 縄を伝って壁から滑り降りるなどは子供の頃からの得意技だった。首尾よく怪我する事なくステージに降りると照明用の小部屋の柱に掛けていた縄を片側を引っ張ってするするとステージ側まで落としてしまう。中では演劇部倉庫への入り口の蓋を叩き壊している音が響いていた。
 茉莉子は躊躇うことなく、ステージを飛び下りると用具室倉庫の扉に向かう。氷室が演劇部倉庫への蓋を叩き壊して上へ這い上った気配が感じられた瞬間に、茉莉子の方は用具倉庫の重い扉を外から閉めて閂を下ろしてしまう。
 それだけではまた安心出来なかった。茉莉子が辺りを見回すと、華道部の部員たちが展示会用に活けてある活け花の鉢がステージの隅に置かれているのを見つける。急いで走り寄ると、活けられている花を横に投げ捨てると水盤の中から持てる限りの剣山を取出し、照明室の小窓の真下に並べるのだった。
 そこまで準備すると、茉莉子は教室へ走って戻ることにした。

 「琢也ーっ。大丈夫?」
 教室へ戻ると、琢也はまだ蹲っていたが意識は取り戻しているようだった。まず、智花の両手の縄を解いてやる。それから窓の柱に括り付けられている井上先生の縄を解く。
 「あの男は・・・?」
 薫が心配そうに茉莉子に訊くが、茉莉子はぺろっと舌を出してみせる。
 「多分、今頃動けなくなってる筈よ。」
 縄を解かれた薫が警察を呼ぶからと言って職員室へ行こうとすると、先に縄を解かれた智花がまだ蹲っている琢也を介抱しているのが見えた。その姿を少し離れたところから、茉莉子がじっと見つめているのだった。
 「茉莉子さん。あなたも一緒にいらっしゃいな。」
 薫は茉莉子の手を引こうとするが、茉莉子はその手を制して踏み止まる。
 「すぐ追い掛けますから、先に行っててください。」
 茉莉子のひと言に薫は職員室へと走り出す。茉莉子は蹲る琢也を抱き抱えようとしている智花の姿をじっと見入っているのだった。

 薫の通報ですぐにやって来たパトカーの警官たちは、体育館のステージの脇で血だらけになって動けなくなっている氷室の姿を見つけて緊急逮捕したのだった。命の危険はなかったが、茉莉子が下に並べておいた剣山に飛び降りた氷室がまさにその餌食になったのだった。
 やがてやってきた救急車に載せられた琢也に心配そうな顔の智花と茉莉子の二人が付き添って病院へと向かうのだった。

茉莉子顔

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