妄想小説
思春期
四十六
「ねえ、ちょっと待って。」
やっと追いついて、後ろから声を掛けた茉莉子だったが、名前を知らないので何と呼びかけていいか判らない。
「え、わたし・・・?」
智花が立止って振り返る。
「ええ、そう。わたし、小川茉莉子。琢也クンと今は同じクラスなの。」
「ああ、そう。私は上原智花。琢也さんとは小学校の最後のクラスが一緒だったの。」
「ええ、聞いてるわ。」
「え、聞いてる? 私の事を?」
「そうよ。ねえ、ちょっとお話ししない。なんか、私、っていうか、私たち、勘違いされたみたいだから。」
そう言いながらも茉莉子は既に智花と並んで歩き始めていた。
「あの、私たち、付き合ってる訳じゃないから。只のクラスメート。っていうか、私が彼に勝手に付き合って貰ってるの。ああ、付き合うって好き同士っていう意味じゃなくて、私の趣味に無理やり付き合って貰ってるって意味。」
「ふうん。そうなの?」
智花はちょっと変わった女の子の言いっぷりに面白そうに微笑み返すが、ちょっと安心した風でもあった。
「琢也クン、今でもきっと貴方の事、好きよ。」
「え、どうして? 私を?」
「一緒に居るとよくわかるの、そういうのって。ねえ、若しかして双子の妹、居る?」
「ああ、麗花のこと? 居るわよ。別のクラスだけど。」
「小学生の時は同じクラスでしょ?」
「ええ、そう。小学生の時はずっと同じクラスだったけど、中学校は双子は別のクラスに入れるって決まりみたい。」
「でね、その妹さん・・・。麗花さんて言ったかしら。その子が苛めっ子に悪戯されて泣かされた事あるでしょ。」
智花は咄嗟に麗花がパンツを下ろされて泣かされた時の事を思い出す。
「そしたら貴方が助けに入って。そしたら今度は貴方が同じ目に遭いそうになった。」
「え、そんな事まで知ってるの?」
(だとしたら、この子は同じ目って、パンツを下ろされることだって知ってるのね・・・。)
「その時、誰かが助けてくれたでしょ。それ、琢也クンなのよ。」
「え、あれは琢也クンだったの。後で妹に聞いたけど、誰だったか判らなかったって。」
「それはきっと嘘よ。教えたくなかったからよ。」
「そう・・・だったの。」
もう取り返しのつかない遠い昔の事を思い返すような目を智花はしていた。
「あの頃から、ずっと好きだったみたいよ。貴方の事・・・。」
「ええっ、そんなあ・・・。」
智花はもう何と言っていいかわからなくなってきていた。
「ねえ、私。あなたとお友達になりたい。いいかしら、智花さん?」
「もちろんよ。えーっと、ま・・・。」
「茉莉子よ。そして琢也ともね。」
茉莉子は智花にウィンクしてみせる。
「でね。私はきっとこれは井上先生に何かあるって思ったの。村中って子と何か関係のある事がね。そうでもなければそんな事する先生じゃないもの。」
「ふうん。それは確かに何かありそうね。」
「そう思うでしょ。それでわたし、村中亨の後を付けてみたの。でも彼は同じクラスだからあまり近くに行っちゃうと気づかれちゃうでしょ。気づかれないように少し離れて後をつけるとすぐ撒かれちゃうのよ。」
「そうなの。あ、だったらいいわ。私がつけてみる。私なら向こうも知らないでしょうし。ねえ、今度、その村中亨って子、教えて。遠くからでいいから。」
そうして今度は茉莉子が亨を見張るようになったのだった。
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